TOMONORI引退記念インタビュー第3弾 / 近藤 彰さん 後編

TOMONORIが札幌に拠点を移してからも、ここ一番という重要な試合には必ずセコンドとして帯同している一人の男性。名門OGUNI GYMのチーフトレーナー・近藤彰氏だ。

MMA-ZENでは、昨年10月に引退したキックボクシング8冠王・TOMONORIの輝かしい功績に敬意を表して、全10回にわたる引退記念特別インタビューを企画。今回はひきつづき近藤彰氏にご登場いただき、貴重なお話を伺った。

前編につづき後編では、キックボクサー・TOMONORIの魅力について伺ってみたい。また、爆笑秘話として語り継がれる「ふくろうの燻製合宿」とはなんなのか?名参謀が語る超貴重インタビューの後編。

▲90年代のライト級戦線で活躍した近藤氏(右)。後の名王者・林 亜欧(SVG)とも拳を交えている(写真提供:OGUNI GYM)

勝った試合よりも負けた試合のほうが印象深い

ところで、近藤さんがTOMONORI選手のベストバウトは挙げるとすればどの試合を選びますか?

そうですねぇ・・・。まずは2005年のクリス・ホワイト戦ですね。クリス選手はISKAとWKAのチャンピオンでパンチが強い選手。この試合は最初にTOMONORI君がダウンを取られて、そのあと取り返すという展開だったんですけど、TOMONORI君の身体能力の高さが存分に発揮された試合でした。ダウンを取られたあとに、急にサウスポーにチェンジして左ストレートでダウンを取っちゃうとかね。普通はできないでしょう?なんでもできるんだなぁ、と感心した試合です。

それからラッタナデェ・KTジムとの2戦目。1戦目はKO負けだったんですよ。普段のTOMONORI君はKO負けしても、「いや~、負けちゃいましたぁ」なんて言ってサッパリしてるんです。でも、ラッタナデェにやられた時は、すぐに会長に再選を直訴していましたから。ラッタナデェは当時、ルンピニーとラジャの両方で1位でしたけど、TOMONORI君は全く物怖じしていなかったんです。「絶対にいける」という確信があったんでしょう。

それから、ラッタナデェを倒した勢いで挑戦したダーウサミン戦。向こうが提示してきた条件が非常に悪かったんですが、「タイのトップ選手とやれるんだったら」というTOMONORI君の意思もあってタイに乗り込んだ。この興行には当時、「魔裟斗が注目する天才少年」と騒がれていたHIROYA選手も出場していて、彼の試合のためにTV中継もあったんです。このときのメインイベントがTOMONORI君とダーウサミンの一戦ですよ。

でも、僕の場合は勝った試合よりも負けた試合のほうが印象に残っているんです。ポイントでは勝っていて、そのままラストまで流せば勝てるという試合でも、一発もらって逆転KO負けみたいなのが結構ありましたから。

▲昨年10月の引退試合にもチーフセコンドとして帯同。ラストファイトを見届けた。バケツをもっている方が近藤氏。

倒すか倒されるか。それが彼の魅力だった

つまり、ポイント優勢のまま足を使って勝ち逃げするタイプではないんですね。常にKOを狙って打ち合いに出るタイプだと。

そうです。だから倒しきることもあれば、逆に倒される場合もある。そういった試合がたくさんありましたよ。寺戸伸近戦、藤原あらし戦・・・・。記者会見で相手を罵るとか、そういったことでファンを喜ばせるのではなく、リング上の勝負でファンを喜ばせることができる選手でしたね。

だから最初にダウンを取られたとしたら、逃げ回った末に判定負けというのは無いんですよ。一か八かの勝負に出て倒してしまうか、逆に倒されてしまうか。それがTOMONORI君の試合でしたね。セコンドについていた僕自身、「なんで打ち合いにいくんだ」って思ったことも数知れませんが、そこがTOMONORI君の最大の魅力なんだと思います。

TOMONORI選手は20歳でプロデビュー。日本タイトルを取ったのが28歳。ベストバウトの呼び声が高いラッタナデェ戦のときは30歳です。ISKA世界王座やWBCインターナショナル王座を取ったのも30代後半になってからです。選手寿命が長いという選手は他にもいますが、選手寿命の長さに比例して獲得タイトルも増えていくという選手は稀ですよね。この辺りの原因はどこにあると考えますか?

一つはキックボクシングというスポーツを純粋に愛しているということ。それから先ほどの話と重なりますが、将来的なビジョンが明確にあったんでしょうね。凡人であれば学校を卒業したら就職して、なんとなくフェードアウトするパターンが多いじゃないですか。TOMONORI君には最初から「俺はこの道で食っていく」という覚悟があったんだと思うんです。

同時にTOMONORI君は札幌でGRABSをオープンする以前に、東京のCOREというジムで代表を務めていました。つまり、若いジム生たちにお手本を見せる立場にあったわけですね。こういった責任感も選手寿命が長いだけでなく、獲得タイトル数も多いという結果に繋がっているのではないでしょうか。

▲じつは若手選手のセコンドとしても、幾度も来道している近藤氏。いわゆる「出しゃばらないセコンド」として選手からの信頼が厚い。

自分で悩んで答えを出してきたことが彼の強みですね

先ほど近藤さんのミット練習を積極的に取り入れたお話がありましたが、他にもTOMONORI選手が考案したり導入したりした練習方法がありましたか?

OGUNI GYMにフィジカルトレーニングを根付かせたのは、間違いなくTOMONORI君でしょうね。それまではOGUNI GYM自体がジムワーク意外は関知しない方針でしたから。そこをTOMONORI君がいち早く必要性に気づいて導入したんです。

強化合宿でもTOMONORI君が全部メニューを考えてくれて、僕はそのメニューに従って笛を吹く役をやったりしていました。色々な種類のサーキットを時間を決めてこなしていくスタイルは新鮮でしたし、フィジカルトレーニングをやって成果を出しているのがTOMONORI君でしたからね。苦しくても皆ついていきましたよ。

あとはトレーニングじゃないけど、試合前のアップとかね。彼の場合は2時間くらいかけてじっくり行うんですよ。その日の試合が3Rか5Rかで内容を変えて。だからセコンドとしては3時間前には会場入りして準備する感じです。

普段のトレーニングでも試合前のアップでも言えることなんですが、TOMONORI君の場合は自分で悩んで試してみて答えを出してきているから、後輩達に対してなぜそういったやり方をするのかを理論的に説明できるところが強みですね。

たとえば試合前の緊張で身体がふわふわして、リング上で踏ん張れない感じがする。そんな悩みを持った後輩には「少し激しめに動いて、乳酸を溜めておけば大丈夫だよ」と根拠を交えてアドバイスできる。

才能豊かなのはいいけど、2~3戦でチャンピオンになった選手では、こういったアドバイスはできないでしょう。自分で実践して苦労して築き上げてきたものがあるから、生きたアドバイスができるわけで。僕らが言うより全然説得力がありますよ。

▲札幌でのISKA世界タイトル戦。戴冠後にチームで記念撮影。TOMONORI選手のむかって左側が近藤氏。

爆笑秘話・ふくろうの燻製合宿とは?

素朴な疑問なんですが、TOMONORI選手は対戦相手のことを研究するタイプでしたか?

僕が知ってる限りでは、徹底的に研究するということは無かったと思います。もちろん「今度の相手はこういったタイプだから、こういったところは警戒していこう」みたいな大まかなスタンスは、事前に話し合っておくんですけどね。

基本的には自分が持ってる引き出しの数で対応する。前回はパンチを先に出したけど、今回は蹴りから入ってパンチでフィニッシュしようみたいに、引き出しの順番を変えるんです。相手によって全く新しいものを用意するといったことは無かったですね。

話題を変えますが、私生活の面で面白いネタをお持ちじゃありませんか?チャンピオンの意外な一面とか。

結構好き嫌いが激しい。食べ物とかね。甘いものは大好きだけど、野菜は苦手だったと思いますよ。以前、野菜の名前を順に挙げていって、どの野菜なら食べられるのか聞いてみた事があるんですが、ほとんどダメでしたから(笑)。あれだけの肉体を作り上げているわけですから、さぞかし食生活にも気を使っているんだろうと思っていましたからね。ちょっと衝撃でした。

子供みたいですね(笑)。

お酒もまったくダメだって言ってましたから、ほんと子供みたいですね(笑)。あと面白い話といえば、合宿のエピソードがありますよ。僕らの間では「ふくろうの燻製合宿」と呼んでいるのですが。

ふくろうの燻製合宿?

とある山奥にTOMONORI君が以前から知っている合宿所があるということで、OGUNI GYMのメンバーで合宿を張ったことがあるんです。合宿所へ向かう車中で、TOMONORI君が「これから行く所には、ふくろうの燻製(くんせい)があるんです」とやけに熱っぽく語るんですよ。

かなり山奥だという話でしたから、そういった野生動物の料理があっても不思議はないなと思いつつも、「しかし、ふくろうを食べてもいいのか・・・・?」と疑問にも思ったんです。

確かに、ふくろう料理というのは聞いたことがありませんね。結局、食べたんですか?そのふくろう料理を。

いや。合宿所に到着したら、ふくろうの剥製(はくせい)が置いてあったんですよ。

わはは!それウケますね(爆笑)。

それで僕らの間では「ふくろうの燻製合宿」と呼んでいるわけです(笑)。そういった天才ゆえの突き抜けたボケ感というのもTOMONORI君が愛される理由だと思いますね。

▲ふくろうの燻製合宿での記念撮影。後列中央が近藤氏。参加者にはTOMONORI、米田貴志、中須賀芳徳など超強豪メンバーが揃っている。前列には黒ひげ危機一髪!!の姿も(写真は近藤氏提供)

個人的には彼の引退を認めていない

それでは最後に、引退するTOMONORI選手へのお気持ちを一言いただきます。

正直、彼が引退を迎えるということに実感がわかないんですよ。これで最後っていうのは全く感じないんです。他のジム生たちも言ってるんですが、彼が引退するということを認めたくないんですね。

彼はリング上で経験したようなギリギリの緊張感のなかでこそ充実感を見出せる人間だと思うんです。だから、彼は必ず戻ってくると思いますよ。もちろん選手としてという意味ではなく、指導者として経営者として、道は違えどギリギリの緊張感、勝負の瞬間というものに身を置くはずです。

そういったなかで彼の生き様というものを貫いていくんだと思うんですね。だから個人的には彼が引退を迎えるということを認めていません。TOMONORI君はずっとTOMONORI君のままなんです。

今回は貴重なお話をありがとうございました。

こちらこそ、ありがとうございました。

近藤彰さんインタビュー前編はこちら>>

【近藤彰(こんどうあきら):プロフィール】1970年、東京都出身。OGUNI GYMではソムチャーイ高津氏につぐ古参の功労者。現役時代はライト級で活躍し、後の名王者・林 亜欧(SVG)とも拳を交えている。生涯戦績は7戦2勝5敗(2KO)。トレーナー転身後はTOMONORI、米田貴志、中須賀芳徳、大槻直輝などの黄金世代を支え、OGUNI GYMの躍進に貢献した。

ジム・道場データ

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山田 タカユキ

1971年生まれ。おもに格闘技イベント「BOUT」に関するレビュー記事や、出場選手へのインタビュー記事を担当。競技経験は空手・キックボクシング、ブラジリアン柔術。