『NJKF 2016 5th ~WBCムエタイ祭り~』
主催:ニュージャパンキックボクシング連盟
2016年07月23日(土) 会場・ディファ有明
第5試合 WBCムエタイ インターナショナル フライ級王座決定戦 3分5R
TOMONORI (WBCムエタイ日本統一フライ級王者・OGUNI)
シャリー・シティバ (WAKO 2013 世界王者・ベラルーシ)
勝者TOMONORI、判定3-0 ※TOMONORIが新王者
これは獲るかもしれない
TOMONORIが会場入りしたときに見せた笑顔が印象的だった。「やれることは全てやった」という充実感と、「負けたら最後」と決めているかのような潔さが同居した爽やかな笑顔である。この数時間前、新千歳空港でTOMONORIのセコンド・ボー氏と、偶然にも同じ便に乗り合わせた。「トモが勝つから大丈夫だよ」そう語っていたボー氏の顔が思い起こされ、漠然と「これは獲るかもしれない」と感じた。
この日、先に会場入りしたのはシャリーである。アマで100戦以上のキャリアを誇り、プロ転向後はイタリアに本部を置くWAKO(世界キックボクシング団体協会)のベルトを多数獲得している34歳だ。カメラを向けるとフレンドリーな笑みを返すシャリー。ドクターチェック後、リングの感触を確かめると、その後はスタッフと談笑といったリラックスムードであった。
対するTOMONORIは、試合前に雲隠れするのはお約束。出番が近づくまでは控え室にも姿を見せない。はじめて姿を見せたのは世界戦に先立って行われたWBCムエタイのセレモニーだが、ここでも目の焦点がしっかりと定まり、その表情には迷いがない。
伝家の宝刀がドンピシャでヒット
芸術的なワイクルーを経て、試合はシャリーのローキックからスタート。冷静にカットしたTOMONORIは、お返しとばかりに右ロー、右ミドル。場内がどよめく。1分過ぎにシャリーのパンチにあわせて、TOMONORI得意の左フックのカウンターがドンピシャのタイミングでヒット。
まったく反応できなかったシャリーをみて、「こりゃ、もらったな」と感じた関係者は多かったのではないか。それほどに説得力のあるタイミングだった。しかし戦前、「KOは狙わず”勝ち”に徹する」と語ったTOMONORIは、深追いせずにヒットアンドアウェイ。巧みに上下に攻撃をちらす。
シャリー、早くもダウン!
2Rに入ってますますエンジンがかかるTOMONORI。足をつかって打ち合わず、それでいて要所要所でポイントメイクするさじ加減は絶妙だ。中盤、ローと見せかけて繰り出したハイキックがシャリーの後頭部をとらえ、会場には安心感がひろがる。
つづいて飛び膝蹴りがアゴを捉える。これで倒れてもおかしくない当たりだったが、シャリーはなんとか持ちこたえた。終盤、頭に血がのぼって攻めが雑になるシャリーに、TOMONORIは左フックのカウンター。「ストン」と崩れ落ちたシャリーは、M字開脚のまま暫し茫然とした。ヒットの瞬間をカメラに収めることができなかったのは無念の一言。
血に染まるトランクス
セコンドの声がよく聞こえていたTOMONORIは、ダウンをとった後も決して深追いはしない。焦りの表情を隠せないシャリー。3R序盤、観客(TOMONORIの知人と思われる)からの「ヒジも入るよ!」の声にTOMONORIが応える。シャリーをロープ際まで誘うと、パンチにあわせて左の縦ヒジを眉間にヒット。
流血を確認したTOMONORIは、「切ったぞ」と言わんばかりにヒジを突き出してニヤリ。おもわず笑みがこぼれるTOMONORIだったが、対戦中に笑うのは不謹慎だという思いが強いのか、必死に笑いを噛み殺しているように感じた。この、あわやストップかと思われた流血は、腹をつたってトランクスまで流れ込み、もつれ合うたびにTOMONORIの白いトランクスをも赤く染めていった。
万策尽きたシャリー
ここから鬼の形相で猛追するシャリーだったが、時すでに遅く、流れは変わらない。パンチでいけばカウンターが待っている、蹴りを放てばスウェイでかわされた。そもそも試合を通して有効打らしきものは一発もなかったシャリーである。上段への前蹴りが再三、TOMONORIの顔面をかすめたが、攻撃に一貫性がなく攻めあぐねている様子だ。
4、5Rには、シャリーがサバ折りのようにTOMONORIを押し倒す場面が散見されたが、これはネタが尽きたことを白状するようなもので、TOMONORI陣営の安心感を募らせるだけであった。試合終盤は、いわゆる「流す」展開に終始したTOMONORIだったが、それでも最後までバックキックやハイキックなどの大技を繰り出し、観客を置き去りにしないところが彼の流儀である。
面白みに欠ける試合だったのか?
今回の一戦を「勝ちに徹した安全運転で、面白みに欠ける」と評する意見もあるかもしれないが、それは違う。それは最終5Rに、TOMONORIの気性を知り尽くしたセコンド・関係者から「倒しにいくなよ。いくなよ!」といった声が飛び交った場面でよくわかる。
一発の破壊力はもっているシャリーである。倒しにいってラッキーパンチでも喰らったら、手中に掴みかけた栄光のベルトが、するりと逃げていく。しかし、TOMONORIの気性なら倒しにいってしまうかもしれない……。
「頼むからいくな、いかないでくれ!」このハラハラドキドキ感が、今回の一戦を感動的ともいえる戴冠劇とした一番の理由ではないだろうか。もしも、3Rの流血でストップしていたら、それこそ面白みに欠けていたにちがいない。
愛されている選手にしかできない
もっと言ってしまえば、早いラウンドで綺麗にノックアウトしていたとしても、今回のような感動的フィナーレにはならなかったのではないだろうか。やはり過去に2度、獲得に失敗している恋焦がれたタイトルであり、年齢的にも最後の挑戦になるかもしれない背景がある中での、“ハラハラドキドキ感”は不可欠なスパイスだった。
そしてそれは誰にでもできることではなく、愛されている選手にしかできない芸当である。好きでもない選手にそんな感情は抱かない。“愛され度”が高ければ高いほど、“ハラハラドキドキ”は増幅するのではないか。
その意味で今回の試合はTOMONORIにしかできない試合だったし、この試合内容がベストだったと個人的には思うのである。この感動と興奮はTOMONORIの関係者は言うに及ばず、TOMONORIの試合をはじめて観たファンにも共有できていたと信じたい。
TOMONORI、悲願の戴冠に男泣き
試合終了のゴングが鳴り、放心状態で天を仰ぐTOMONORIをセコンドのボー氏が抱き支える。彼がどれだけ渇望の日々を送ってきたのかが一瞬にして理解できる場面だった。肉体的な衰え、肩の手術、孤独な調整……。ここまでの道のりが走馬灯のように頭を駆け巡ったのか、TOMONORIは暫しの間、ロープ際で泣いた。
恩師・斉藤京二理事長からベルトを授与されると、回りの目をはばからず涙したTOMONORI。続いてWBCムエタイ日本統括の山根女史からメダルを授与されると、ここでも涙。勝利者インタビューで、消極的な試合をしてしまったことを観客に詫び、札幌から駆けつけた大応援団に感謝の言葉を述べたところで、ようやく笑顔をみせた。
今回の一戦で、再び勢いを増した38歳のチャンピオン。6月に行ったアンケートでは、地元・札幌でもその勇姿をみたいという声が多かった。もしかしたら今回の戴冠は、「もうひと踏ん張りせよ」という神様からの啓示だったのかも知れない。それにしても彼は一体、何本目のベルトを手にしたのだろうか。数えるのも面倒になってきた。
photo & text:山田タカユキ
山田 タカユキ
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