ROAD FC参戦の熊谷麻理奈、激動の1年を語る

「北海道MMA界から世界の舞台へ」

そのキーワードの最前線にいるのが、世界有数のMMAプロモーション「ROAD FC」への参戦が決まった熊谷麻理奈(WSR札幌)だ。

アマチュア・ボクシングのエリートコースをひた走っていた彼女が、突然のムエタイ転向を表明したのが僅か一年前。この一年で8試合をこなす過密スケジュールを消化してきたが、今度はMMAの闘いにも身を投じるという。

一体、なにが彼女を駆り立てているのか?WSR札幌ジムに熊谷を訪ねた。

熊谷麻理奈、パッカシーとMMA仕様のグローブ練習▲オープンフィンガーグローブに指を通す熊谷麻理奈(WSR札幌)

パッカシー対TETSURO戦の衝撃

ボクシングの日本選手権が終わって、しばらくして突然のムエタイ転向。この間になにがあったのですか?まずはここをお聞きしたいのですが。

あの頃、アマチュアボクシングのルールが、ポイント重視から強さ重視に移行する転換期だったんですね。私の場合、ポイントを取る闘い方は得意だったので試合には勝てていた。でも、強さで相手をねじ伏せる戦い方はできなかったんです。内心では強さが無いことに大きなコンプレックスを持っていた。そんなときにルールが強さ重視に改正されていって・・・・。まずはそんな背景があったんです。

強さで勝つボクシングを渇望していながら、ポイント重視の勝ち方しかできない自分に葛藤があったということでしょうか?つまり、熊谷麻理奈はポイントよりも強さを求めている人間だった。

はい。そんな悩みを持っているときに、親交のある山川賢誠選手の応援に行ったんです。たしか「BOUT-22」でしたね、メインがパッカシーとTETHURO選手の試合だった興行です。

そのときムエタイというものを知らないで試合を観たんですけど、『この人(パッカシー)、凄い強いな』って思って。自分の足りないものとか弱さみたいなのをパッカシーが全部持ってて、この人に教えてもらったら絶対強くなるだろうなって直感で感じたんです。

でも、そのときは弟子入りしようとは思わなかった。その後しばらく「強さとは?」みたいなのをずっと考えていた時に、やっぱりパッカシーに教えてもらった方が強くなれるんじゃないかって確信して弟子入りを決めました。

▲BOUT-22では「魔神」と呼ばれる強さを発揮したパッカシー

熊谷麻理奈が本当に求めていたもの

整理しますが、そのときはボクシング修行の一環としてのムエタイ修行だったんですよね?あくまでメインはボクシングにあったと。

そうです。ボクシングにおいての「強さ」に繋がれば良いなと思ってウィラサクレックに入会しました。でも実際にムエタイを学んでみると、ムエタイってこんなに面白くて、強くて、楽しいんだってことに気づいちゃった。そしてボクシングからムエタイにだんだん気持ちが移って行って、もうボクシングよりムエタイでプロになった方がいいのかなって。

じつはアマ・ボクシングでは、本州のライバルたちがみんなプロになっちゃったんですよ。だからアマの世界では相手がいない。かといって北海道のボクシングでプロになっても試合が無いじゃないですか。それだったらウィラサクレックでお世話になって、ムエタイのプロになろうと思って。そんな感じで目標を切り替えたのが3年前ぐらい。

なるほど。ボクシングの中で自分なりに強さを求めていたと。ボクシング修行の一環としてムエタイを始めたら、実は自分の求めていたものはムエタイの中にあったということですよね。改めてムエタイとボクシングを比べると、難しさという面ではどういったものがありますか?

ムエタイは手と足を使わなければならない。距離が遠くなる。攻撃が当たらない。最初は凄い戸惑いましたね。特にムエタイはやらなきゃいけないことが多くて、肘があったり、首相撲があったり。キックボクシングよりも特殊な格闘技なんだけど、その難しさも含めて全部面白い。楽しいかな。

ムエタイ転向で倒しに行くスタイルへ

技術的・精神的どちらでも良いんですけど、ムエタイに転向して、自分自身の進化を感じる部分っていうのはありますか?ここが1番進化したなっていうところ。

倒しに行く戦い方にシフトしたこと。おかげで試合に出ることに対してフラストレーションが無くなりましたね。いままでのようにポイントで勝つという戦い方をしなくて済むんですよ。パッカシーの教えが、痛い蹴りとか、痛い攻撃をする、相手を倒す攻撃じゃないとダメだと。強い蹴り、強いパンチっていうのを重点的にやっている成果だと思うんですが。

従来のアマチュアボクシングでは効かせるというよりは、効かなくてもより多く当てたほうが有利だった。そういう戦いをすることに関してフラストレーションがあったと。

自分はそっちの方が得意だったんですけどね。当時のわたしには「強さ」がなかったので、パンパーンと当ててパッと離れるみたいな戦い方をしたほうが勝率が良かったんです。

でも、アマ・ボクシングのルールも毎年のように変わるんですよ。以前はポイント重視で、いっぱい当てた方が勝ちだった。今は10点法になって、やっぱり強い打撃が必要。倒しに行くアグレッシブさがないとポイントにしてくれないっていうシステムになりましたから。

marina_kumagai_パンチのミット▲師・パッカシーとの打ち込み。鋭いかけ声が印象的。

フラストレーションを感じたアマ環境

しかし、それは熊谷選手が求めていた方向ですよね?

「強さ」を評価してくれる制度に変わったのは歓迎なんですが、当時のわたしには「強さ」がなかったし、手に入れる方法もわからなかった。加えて、試合用のグローブがフカフカで効かせるのが凄く難しいグローブになったんです。それでも選手は倒しに行かなきゃいけない。仮に強さを身につけたとしても、それを表現するのが難しいルールだったんですね。私にとってはそっちの方がフラストレーションでした。

なるほど。その点、ムエタイならば強さを獲得する手段もあって、それを表現するリングもある。MMAとなればいわずもがなというわけだ。

そう。技術的なこともそうだし、気持ちの面でもそう。ホント、ざっくり強くなりたいっていう気持ちだけだった。

熊谷麻理奈は強さとそれを表現できるリングに餓えていた。ムエタイに転向してからの1年間で8戦もしている理由がわかりました。

▲気合とともに放たれるミドルキック。凄み・迫力が増している

「来るものは拒まず」その理由とは?

今までのボクシング時代って、年に3回とかしか3回あったかな?それぐらいの試合しかなくて(笑)。

それではちょっと物足りなかった感じ?

物足りないです。しかも全部認定試合で、自分よりも1個下の階級としか戦えないから勝ったっていう気にもならない。そこでポイントで負けても勝っても優勝なんで。そんな試合で1年に1回、全日本大会があってみたいな感じだったから。要は年に1回みたいな感覚だったんですよ、試合が。

当然のように『試合に勝った!やったー!』っていう感動は無かったし、自分のなかで経験スキルみたいなものが形成されることはなかったんです。だからムエタイに転向してからはもう「来るものは拒まず」状態(笑)。

ここでムエタイに転向してからの戦いを振り返ってみます。まず、デビューは2016年、M-FIGHTでの北嶋戦でした。デビュー戦で勝った時の感想は?

本当に嬉しくて。「パッカシー、本当にありがとう!」って凄い言ったの覚えてる。セコンドはパッカシーでしたから。

その次は、地元の格闘技イベント・BOUTに初登場。相手は極真空手の元世界チャンピオン・米沢選手でした。この一戦はどうでしたか?

気持ち強いなって、やっぱり空手の選手だなって。要するに打たれても気にせず前に出るって気持ちが凄いなって思いました。

▲取材当日はタックル対策を中心にドリルを繰り返した。

初の国際戦。ファン・リーとの死闘

次は中国でのファン・リー戦ですよね。これビッグイベントでしたね。いままで試合した中で1番大きかったんじゃないですか?花道も長かったし。

豪華なイベントでしたね。そして、これまで戦った8人の中で1番の強敵でした。ファン・リーさんが1番強かったです。

熊谷選手も細かいパンチが良かったんですがね。判定も割れたし、動き自体は悪くなかった。

パンチは凄い入ってたんですけど。でもファン・リー選手の蹴りも本当に強くて。自分よりはるかに小さいのに・・・。今まで自分より小さい選手と戦ってきて、自分が蹴りを出せば絶対に当たっていたんです。でもファン・リーさんの場合、距離がいつもと違っていて、蹴っても当たらない。

熊谷選手が外国人ファイターと戦ったのは、このファン・リー戦とBOUT-30でのチェ・ジョンスン戦です。どちらもアジア系の外国人ファイターですが、比較してみるとどうですか?

チェ・ジョンスン戦は作戦ミスでの敗戦だったので、やり方さえ間違っていなければ勝てた試合だった。だから彼女のことを強いとは思わなかったです。凄いボコボコにやられはしましたけどね(笑)。ファン・リーさんの方は、あれで自分の精一杯だったんで。自分の持っているものを全て出したうえでの敗戦。ファン・リーさんのほうが強かったなって感じます。

BOUT-27での未奈戦もそうだし、チェさんの時もそうだけど、今までずっと練習して来たことに対して、何か1つに固執してしまうんですよね。これをやろうと。私の場合、それに集中し過ぎて周りが見えなくなってくんですよね。

それができないと焦って、ちょっとパニックになって。未奈戦とチェ戦に関しては、もっと冷静になっていれば絶対に良い試合が出来たのになって思うんですよ。未奈とチェ・ジョンスン、あれは勝てた試合を落としたパターン。自分の今までやってきた実力だったら勝てたなって思っています。

▲こちらは柔術着を着用したレア・ショット。隠し技もあるという

遠回りしてでも獲りたい、あのベルト

J-NETWORKでの余裕の2連勝をはさんで、直近の試合はJ-GIRLSフェザー級王座決定トーナメント。一回戦の空手こまち戦で惜しくも敗れました。

悔しかったです。とても欲しかったベルトなので。

5月6日の決勝戦では、こまち選手が勝ってチャンピオンになると良いですね。

そう。チャンピオンになってくれないと面白くない。遠回りしても構わないので、このベルトは絶対取りに行こうと思ってます!

振り返ってみますと、この一年間で8試合を消化しています。2ヵ月に1回のペースですから、疲れやケガが心配ですが。

全く問題なしです。中国戦の前は腰を痛めててギリギリまで病院に行ってたんですけど、中国戦が終わった後からは1回もケガをしていません。疲れも溜まっていないですね。

気持ち的にはどうだったんですか?連戦が続く中でモチベーションとは変わらなかったのか?それともアップダウンがあったのか?

試合があるだけで、ただただ嬉しいんで。モチベーションが下がるというのは無いですね。逆に試合が無いと不安になっちゃう。試合したいなって。今しか出来ないから。

試合間隔が開きすぎて、不幸な選手もいますからね。年間8試合のハードスケジュールも、熊谷選手にとっては理想的なペースだったかも知れませんね。

いやもう、最高!(笑)

熊谷麻理奈&後藤丈二のMMA合同練習▲後藤丈治(P’s LAB札幌)とのMMA特訓も精力的にこなす

熊谷麻理奈、ROAD FC参戦へ

それでは気になるMMA参戦の話に移ります。これは以前から胸に温めていたプランではなく、「MMAの試合あるけどどう?」みたいな感じで決まった話ですね。

はい、そうです。

即決したそうですけど、その理由は?

私、MMAの世界を全く知らなかったんで、「ROAD FC」がどれだけ凄いイベントなのかも知らなかったんです。とりあえずネット検索してみたら、ちゃんとWikiページがあって、めちゃめちゃ大きい大会でみたいな。これは出ないとダメだろう、みたいな感じです。

中国戦をみて思ったんですが、熊谷選手の場合、ビッグイベントの方がイキイキとしてますよね。大きな舞台になると萎縮してしまう選手もいるなかで、とても楽しそうに戦ってる印象を受けました。

ワクワクするんですよ。ビックイベントだから緊張するとか、そういったことは特にないです。

対戦相手のラモナ・パスカル選手もムエタイ出身。印象はどうですか?

もう前に前にの気持ち強いファイターだなっていうイメージ。まとめる力っていうのかな、パパパッパパパッと真っ直ぐ!真っ直ぐ!真っ直ぐ!みたいな。テクニックというよりも気持ちを前面に出してくるので、それに巻き込まれないようにテクニックで勝ちたいなって。自分には無いものを持ってるから、逆に楽しみだなぁって感じです。

▲超攻撃的スタイルのラモナ・パスカル(左)。完全決着必至だ

テクニックで交わす会話もある

アジア系の外国人っていうのは、ファン・リーとチェ・ジョンスン、今回のパスカルで3人目ですけど、アジア系の外国人女性ファイターの特徴って掴めていますか?

やっぱ気持ち強いなぁって。「日本人には絶対負けないよ」っていうその気迫みたいのが凄い伝わって来ますね。

計量会場で会った時ってどうなんですか?

チェさんの時は気さくではないけど優しかった。ファン・リーさんはガン無視でしたね(笑)。私から「お願いします」って手を出したときに、フーンみたいな感じだったし。でも試合中は不思議と暖かいものを感じるんですよ。

試合で戦ってる最中なんですけど、言葉を交わすわけじゃないんだけど、コミュニケーションが取れちゃう相手っているでしょう?言葉は交わさないんだけど、技術の応酬とかで声なき会話が出来る選手っているじゃないですか。そんな感じ?

そうそう。ファン・リーさんは特に。「おっ、そんな技をもってるんだ。じゃ、わたしはこんなの出しちゃおうかな」って技術のキャッチボールができるんですよ。心の交流っていうか。

ROAD FC参戦の熊谷麻理奈がオープンフィンガー・グローブ姿を披露▲「OFグローブは手が痛い」と語った熊谷。拳を痛めないことを祈る

こんな薄いグローブで殴っちゃっていいの??

MMAの練習に話題を変えますが、結構なボリュームでやってると聞いています。パートナーはどうしていますか?

ジョージ君(後藤丈治/P’s LAB札幌)とか、WSR札幌で柔術コースを受け持っている江崎先生(江崎 壽/パラエストラ札幌)とか、パッカシーもパンクラスへの参戦経験があるので、アドバイスしてくれています。

パッカシーも赤沢選手(赤沢幸則/カナダ・Tristar Gym)と練習してますからね。パンクラス参戦時も戦闘能力が高かった。

パッカシーはやっぱり強いですよ。「MMA、パッカシー、ワカラナイ」とか言っときながら、やっぱり強いんですよね。分かんないよって言うけど、ちゃんと教えてくれるんですよ。

オープンフィンガーグローブを使ってみた感触はどうですか?

痛い。痛いです。薄いから。ガチで来るというか、1点で当たるんですよね。さっきもパンチのミットやったんですけど、痛かっためっちゃ。

ボクサー出身からすれば、「こんな薄いグローブで殴っちゃっていいの??」っていう感覚ですね。

そう。自分の手ケガしないのかな?っていうくらい。

▲練習を終え、指導にはいる。格闘技一色の生活は充実している様子

ムエタイ・スタイルにプライドを持っていたい

今回のパスカルとの試合は、ムエタイをバックボーンに持つ者同士。どんな試合を想像していますか?

自分がいままでやってきたことをベースにして戦いたいです。寝技に固執したり、絞め技に固執したりっていうのはせず、自分の戦い方の軸がブレないようにしたいですね。相手が前に前に来るんで、自分の得意なパンチを出して、相手を嫌がらせて、強いミドル蹴って、絶対中に入れないようにして、首相撲になったらこかして。

あと、現段階で1つだけ完成させている絞め技があるんです。フィニッシュまでもっていける自信のある技が。タイミング次第ですけど、そういった結末もアリかもしれません。

では日本のファンに一言いただきたいと思います。今回のパスカル戦で「私のここに注目してほしい」という所がありましたらお聞かせください。

技術的にもパワー的にも、男子と変わらないレベルの打撃。女子でもこれぐらい出来るっていう所を見てほしいですね。

最後に一つだけ。道内のキックボクシングファンからすると、熊谷選手は打撃の試合に飽きて、完全にMMAに転向してしまうんじゃないかという心配もあるんですが、そのあたりの気持ちはどうでしょう?

ご心配なく。自分のメインはやっぱりムエタイ。MMAの舞台でもムエタイの素晴らしさというものを伝えていきたいです。

ナックモエとしてのプライドを持っている部分が強い?

そうです。やっぱり自分の中では、パッカシーの弟子っていうのが誇りなんですよね。それは絶対に崩したくないし、自分がどんなにMMAに行ったとしても、このファイトスタイルっていうのは、自分の中で1番だと思ってるから。これは崩さずに行きたいです。

わかりました。それでは5月12日、健闘をお祈りします。

ありがとうございます。応援よろしくお願いします。

【熊谷麻理奈 プロフィール】1987年生、札幌市出身。漫画「はじめの一歩」で興味を持ちボクシングの世界へ。変則的なアッパーを武器にライト級戦線を席捲した、道内女子ボクシング界のホープ。2016年にムエタイ転向を表明、転向後一年でJ-GIRLSのフェザー級3位にランクインしている。現在はWSR札幌ジムに所属し、選手兼トレーナーとしてムエタイ漬けの毎日を送っている。facebookではファン垂涎の情報が満載

ジム・道場データ

  • ジム名称:ウィラサクレック ムエタイ 札幌ジム
  • 所在地:札幌市中央区北5条西12丁目2-10
  • TEL:011-231-5900
  • WEBサイト:http://wsr-sapporo.com/

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山田 タカユキ

山田 タカユキ

1971年生まれ。おもに格闘技イベント「BOUT」に関するレビュー記事や、出場選手へのインタビュー記事を担当。競技経験は空手・キックボクシング、ブラジリアン柔術。愛読書はさいとうたかおの「鬼平犯科帳」。
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