蹴空ジムの強さの秘密に迫る②~ヘッドコーチのミット術とは? | 蹴空ジム 長田敏和さん

道内最強のキックボクサー集団・蹴空ジム。神童・那須川天心が主戦場とするメジャー団体「RISE」のリングにおいて、全日本ランキング入りや新人王タイトルの獲得、アウェイでの上位ランカー撃破など、その活躍は道内だけにとどまらない。

蹴空ジムの強さの秘密はどこにあるのか?取材を進めるうちに二人のキーマンの名前が浮かび上がった。月寒ジム代表トレーナー・長田敏和氏とフィジカル強化を担当するパーソナルトレーナー・金谷丈二氏だ。

そこで当サイトでは「蹴空ジムの強さの秘密に迫る」と題してお二人にインタビュー取材を敢行。前回は第一弾としてパーソナルトレーナー・金谷丈二氏のインタビューをお届けした。

今回は第二弾として月寒ジムの代表トレーナー・長田敏和氏のインタビューをお届けする。ジュニアからプロ選手まで、すべての年代において全日本レベルをキープする秘密はどこにあるのか?長田流ミット術の秘密に迫る。

▲長田敏和氏。試合会場とは打って変わって、ジムでは笑顔が絶えない。

バックボーンはフルコン空手

まずは長田さんがトレーナーになる以前の話をお聞きしたいのですが、たしか2006年から2008年ぐらいまでにKAMINARIMONに出てたんですよね?MMAの選手との対戦が多かった。ノースキングスジムとか、パラエストラ旭川の選手と。

調べてますね(笑)。そうそう、確かそれぐらいだと思いますね、試合に出ていたのは。でも最初に出場したのは正道フェスティバルとかチャレカラなんです。ルールもフルコンじゃなくてグローブ空手でしたね。

そうか、キャリアのスタートは正道会館でしたね。普通にフルコンの空手をやっていたんですか?

ちょこっとやってました。本当はムエタイコースというのがあったので、そっちに出たかったんですが、仕事の関係で時間帯が合わなかったんです。それでとりあえず慣れるためにフルコンの空手やろうと。

じゃあ入門の目的としてはそのムエタイコースだったんですね?

▲ミットを装着する長田氏。愛用しているのはTwins社製のミット

K-1 MAXに憧れた長田少年

そうです。当時はK-1ブームだったし、MAXとかもありましたから。魔裟斗選手とかすごい好きでしたよ。余談ですが、シャムエボ(チームシャムエボルヴ)の了安会長も同じ時期に在籍してました。

レアな話ですね。了安さんが先輩ですか?

そうです。年下の先輩ですね。その頃からタイに修行しに行ってましたよ、了安会長は。

当時の正道会館といえば、いまは指導者として道内キック界を支えている錚々たるメンバーが在籍していましたよね。蹴空ジムの須郷トレーナーや、GRABSの藤田トレーナーとも重なっていたんですか?

お二人とは正道会館ではなく、新琴似の蹴空ジムで一緒になったんですよ。当時は新琴似に常設ジムがあったので。

正道会館から新琴似の蹴空ジムに移ったのは、どういった経緯があったんでしょう?

道場の名前が変わってJRの高架下に移転したんです。その道場に蹴空ジムの先輩がフリー会員で来ていたんです。教えないけどサンドバッグとかは勝手に使っていいよ、みたいなフリーの会員種別があったんですよ。

▲会員さんの好みやクセをノートに記載。これも長田流ミット術の秘密

倒さないと怒られましたね(笑)

憶えてますよ。会費2000円くらいのやつでしょう?

そうそう。当時はまだ新琴似に常設ジムができていなかったので、その先輩は練習ができない日にサンドバックだけ蹴りに来てたんですよ。

なるほど。そこで仲良くなって、新琴似に常設ジムができるとなったときに、長田さんにも誘いがかかったわけですね。

そうです。ちょっと来ればみたいな感じで誘われて。

当時の蹴空ジムってどうだったんですか?やっぱり厳しかったですか?倒せ倒せみたいな。

そうそう、倒さないと怒られましたね(笑)。

選手を辞めてトレーナーになったのは、何かきっかけがあったんですか?

当時、KAMINARIMONで総当たり戦っていうのに出場したんです。REBELSのチャンピオンになったUMA選手とか、プロ修斗の村田俊選手なんかが出場していたんですけど、要するにプロ志望の奴らだけが出場するリーグ戦ですね。

その時に肘をやっちゃったんです。スポーツ障害ってやつですね。それに試合で惨敗したこともあって、プロを目指すのはちょっときついかなって。

▲選手からトレーナーに転向した頃。後列右から2人目が長田氏。

肘の故障。トレーナー転向へ

それでジムからは距離を置くようになったと。

たまには行ってたんですけどね。でも、たまに行くだけでも肘が痛くて痛くて。ちょうど有望な若い選手も育ってきていたし、僕がいなくても大丈夫かなっていうのもあって、ジムからは遠ざかっていたんです。そんなときに伊藤会長からミット持ちでもいいから、ジムに来いよって言われたのが始まりですね。

当時のミット練習としては決まったノウハウは無く、いろいろと模索しながらやってた感じですか?

本当その通りですね。模索しながらやってきました。やっぱり、頑張ってる選手を見たら少しでも強くしてやりたかったし、試合で結果を出してやりたかったですからいろいろと考えましたよ。

その頃はK&K(ボクシングクラブ)の全盛期。蹴空ジムはまだ弱小ジムみたいな感じで、K&Kの引き立て役だった。そんな時代だったから、みんなで見返してやろうみたいな熱はあったんですか?

別にK&Kさんを敵対視してるような事はなかったですね。僕達には僕達のスタイルがあるし、選手の個性がうまく表現されればそれが一番だと思ってやってました。

▲女性会員さんと。ときに笑わせながらリードするさじ加減は絶妙だ

大切なのは”話しかけること”

長田さんのミット指導を拝見しましたが、一般会員さん、なかでも女性会員さんがホントに楽しそうにミットを叩いていました。

会員さんの比率でいえばプロよりも一般会員さんのほうが圧倒的に多いですからね。プロ選手を作り上げるミットも大事ですけど、一般会員さんにキックボクシングの魅力を知ってもらうことも大切ですよ。

一般会員さんとのミットで注意しているポイントってありますか?

そうですね・・・・僕の場合は話しかけることが多いと思いますよ。やっぱり未経験の会員さんは緊張するものですから、どんどん話しかけてリラックスしてもらえるポイントを探っていくといいいますか・・・・。とにかく話しかけることが多いですね。

長田さんの話って妙にリラックスできるんですよね。天然ボケっていうわけではないんですが、「笑い」を誘発するような不思議なトークでした。

そうですか?自分じゃわからないですけどね(笑)。とにかく会員さんが笑ってくれれば、あとは実際にミットを叩いている中でのコミュニケーションもとりやすいと思いますね。

▲ミット練習は、会員一人ひとりのクセを把握してカスタマイズする

月寒ジム名物・長田流ノート術

ミットを叩いている中でのコミュニケーション?

何ていうんですか・・・・、絶対に返せないようなパターンってあるじゃないですか。返せないとか、後はタイミングずらしたりとかですね。こっち側はこう来たらこう動くってわかってるじゃないですか。そういうとこでわざと外してあげたりすると、お互いに「ニヤッ」ってなったりとか。

わかりますわかります。それから、長田さんはインターバルの時にノートをとってましたよね。あれは何を書き込んでいたんですか?

会員さんのクセですね。このパターンは得意でこのパターンは苦手だとか。例えば僕個人がいいなと思ったテクニックでも、会員さんには理解されなくてキョトンとしてる場合とかあるんですよ。そういった場合もノートに書き込んで、どうすればベストだったのかを考えてみたり。あとは前回やったときの課題とかを書き込んでおけば、他の会員さんと混同しなくて済みますから。

ミット持ちというと自分の型が決まっていて、会員さんをそこへ嵌め込んでいくというタイプもいますけど、長田さんの場合は会員さん別にカスタマイズしている。コミュニケーション能力が高いというか、とにかく会員さんがなにを求めているのか探っている印象でした。

そういうふうに見えました?自分ではコミュニケーション能力があるなんて自覚はないんですが。第一、トレーナーになるお話をいただいたときも、人付き合いが苦手なんで断ろうと思っていたくらいですから。

▲後半は全日本ランカー・拓也も合流。この日はボディ打ちを確認

ジュニアでも試合はストレスです

いや、あれは普通に接客業にも通じるスキルですよ。トレーナーになる前は一般企業で営業マンでもやっていたのかと推測しましたが。

営業の経験はないんです。ただ、友人にやり手の営業マンがいるんですが、やっぱりトークが上手いんですよね。もしかしたら友人のトーク術で印象的だったものが、知らないうちに自分のミット術にも活かされているのかもしれませんね。

蹴空ジムは全日本チャンピオンなども輩出するほど、ジュニア部門の育成に力をいれています。ジュニアのミットを持つときに心がけている事ってありますか?

うちのジュニアは集団練習が多いんですよね。エキスパートクラスだけミット持つ事があるんですけど。

ジュニアのエキスパートコース?選手志望で来てる子ってことですか?

はい。ですがジュニアといえども試合に出るとなったら、大人が思う以上にストレスを受けているものです。だから無駄なストレスはかけないように気を使いますね。ちょっと落ち込んでるなと感じた時は、ミット持つ前に喋ったり冗談言ったりしながら。子供達も調子が良いときもあれば悪いときもあるし、毎回同じテンションを押し付けないようにしていますね。

▲プロのミット練習となると表情が一変。これこそミット職人の顔だ

ジュニアに教えるのは”力の伝え方”

ジュニアの場合、技術的な面ではどういったことに重点を置いていますか?

僕の場合はインパクトですかね。例えば別に強く打たなくても効かせる事はできるわけじゃないですか。力一杯ぶん殴らなくても、伝え方のコツで十分に効かせることができる。そういった力任せじゃない技術が多いですかね。

長田さんは前述のように空手出身です。空手のミットというと左右5本づつ蹴ってみたいなことを繰り返す、スタミナ・根性論的なミット練習が多い。キックで行うような実戦に即した柔軟なミット練習というのはどこで学んだんですか?

基本的には伊藤会長や先輩トレーナーの方々と試行錯誤しながら作り上げたものです。あとは蹴空ジムにいた先輩で、現在は首都圏のジムでトレーナーを務めている方がいるんです。たまに札幌に帰ってきたときに意見を交わしたり、実際に練習を見てもらってアドバイスをもらったりしながら肉付けしていきました。

現在ではRISEの新人王獲得、全日本ランキング入りなど、蹴空ジムの躍進が続いていますが、具体的に指導の成果が現れてきたと実感した試合、ターニングポイントとなったような試合ってありますか?

▲ボディ打ちを伝授。小崎貴誠戦ではこの技が勝負を決定付けた。

福岡アウェイ決戦の勝因とは?

常に勝たせようと精一杯やってきましたから、どの試合もそうですかね。ただ、最近活躍している選手でいえば拓也の福岡決戦でしょうか。事前に練習してきたことや、打ち合わせしたことがズバリ当たりましたから。自分達のやってきたことは間違っていなかったなって。

勝因を挙げるとすれば何でしょうか?

選手と話せる時間をしっかり持てたことですね。どういう風にやりたいのか、拓也なりの試合の進め方をまず聞いて、それだったらこういう風にやろうかみたいな話し合いの時間を十分に持てました。いざ試合になったらこっちの思惑通りだったんで、1ラウンド目で「もらったな」っていう感触はありましたね。

選手との意思疎通がパーフェクトだったと。

そうですね。トレーナーからだけでもダメだし、選手からだけでもダメ。一方通行じゃうまくいかないと思います。

今日は幸運にも全日本ランカー・拓也選手のミット練習を拝見できたわけですが、やはり多いのは選手との会話・質問ですね。

選手がどうしてほしいのか、どうやったら高いモチベーションを保てるのかを僕からも質問しますし、選手側からも伝えて来れる雰囲気作りっていうのは大切にしています。

▲ジュニア育成にも定評がある長田氏。未来のスター候補も育っている

根本にあるのは信頼関係の構築

ここまでのお話を整理すると、長田さんの指導には「どうしてほしいか?」を聞く場面が多い。プロ選手との会話ともなれば、そこはもうディスカッションの場と化しています。

一般会員さんであれば基本動作が大切ですから、ある程度はトレーナーからの一方通行でいいかも知れません。でもプロ選手となれば、お互いに意見をぶつけ合わないと信頼関係は育たないというのが僕の基本的な考え方なんです。

では技術うんぬんよりも信頼関係の構築というのが、長田流ミット術の根本といっていいですか?

はい。ただ、最初からノウハウとしてあったわけではなく、選手と共に戦っていくなかで確立されていったものなんですけどね。スマホで試合や練習の映像を一緒に見ながら意見を戦わせるといったことも、月寒ジムでは日常的な風景です。指導者と選手で意見をすり合せながら、一つのものを作り上げていく。それが現在の僕のスタイルとなっています。

非常にいいお話を聞けました。最後に今後の目標といいますか、やってみたい事がありましたら教えてください。

そうですねぇ・・・・。いま月寒ジムに有望な選手がいるんですよ、女の子なんですけどね。しっかり鍛えてKAMINARIMONあたりに出場させようかと思っています。面白い事になりますよ、きっと。

楽しみにしています。本日はありがとうございました。

こちらこそ、ありがとうございました。

【長田敏和 プロフィール】1982年、空知郡出身。K-1MAXに憧れて格闘技の門を叩く。選手時代はチャレカラ、KAMINARIMONなどのアマ大会で活躍。得意技は左の蹴り技だった。トレーナーに転向後はAKINORI、畑中健太、拓也などのプロ選手育成に尽力。2度にわたるRISE新人王獲得、全日本ランキング入りに大きく貢献した。現在は月寒ジム代表トレーナーとして後進の指導にあたっている。趣味はバイク(KAWASAKI派)。

ジム・道場データ

取材協力:蹴空ジム
photo & text:山田タカユキ

The following two tabs change content below.

山田 タカユキ

1971年生まれ。おもに格闘技イベント「BOUT」に関するレビュー記事や、出場選手へのインタビュー記事を担当。競技経験は空手・キックボクシング、ブラジリアン柔術。