凝縮の2分46秒・前編 | BOUT-34 TOMONORI vs ポール・ダ・シルバ

ノースエリア格闘技イベント BOUT-34
2018年10月28日(日)札幌市・ホテルエミシア


▼メインイベント
ISKAオリエンタルルールフライ級3分5R
・TOMONORI
(OGUNI GYM / 札幌在住)
・ポール・ダ・シルバ
(イギリス / クリーリーマーシャルアーツアカデミー)
※勝者:シルバ TKO 1R 2’46

なにしろ、世界タイトルを含む8本ものベルトを手に入れた名王者だ。さぞかし無敗のエリートコースをひた走ってきた印象を持つファンも多いのではないか。

しかしながら、この男の戦歴は少々変わっている。まず、国内でのKO敗が多い。つまり、日本人に何度もKO負けしているのである。しかも、スターダムにのし上がる以前の戦歴で、だ。

世界チャンピオンを目指すのであれば、その過程で同じ日本人には負けたくない。戦歴に傷をつけたくないからだ。それが当然の選手心理であるし、実際、負けてはならないのがこの世界の不文律である。

▲TOMONORIの入場シーン。いつものように正座をして祈りを捧げる。場内のライティングが綺麗に映えて、幻想的な入場シーンとなった。


しかし、この男ときたらどうだ。負けに負けているではないか。最初の日本タイトル挑戦時もKO敗であるし、同じ選手と2度戦って2度ともKO敗だったこともある。抜群のセンスと身体能力を持つ彼が、なぜこのような戦歴を持っているのか。はじめて彼の戦歴を見たとき、疑問に思ったことを憶えている。

取材を通じてわかってきたことは、彼が稀代の勝負師であり、「殺るか殺られるか」のガチンコ勝負を絶対に逃げない男だということだった。結果として、殺ることもあれば殺られることもあるわけだ。

彼のベストバウトの一つとして語り草になっている、ラッタナデェ・KTジム(ルンピニー&ラジャダムナンスタジアム・ミニフライ級1位)との一戦もそうだ。初戦ではパンチによる1ラウンドKO負け。4ヵ月後の再戦では逆にパンチで1ラウンドKO勝ちという、ドラマチックな死闘でファンを魅了している。

▲シルバの入場シーン。日本式に一礼をしてから花道を歩くなど、非常に紳士的な振る舞いだった。


もちろん、打ってよし蹴ってよしのオールラウンド・プレイヤーである。闘牛士のように相手をいなし、判定勝ちを拾う技術は持ち合わせている。しかし、彼はそんな安全策を採ることを良しとしない。

前述の風変わりな戦歴は、どんな危険な強打者と対峙しても絶対に勝負を逃げなかった男の歴史である。安全な道を選ばず「殺るか殺られるか」の一瞬の攻防に身を置くことは、彼のアイデンティティそのものなのだ。

彼のラストファイトとなった今回のポール・ダ・シウバ戦も、そんな彼の生き様が見事に凝縮された一戦だといえるだろう。

なぜ凝縮しているといえるのか?

それは1R早々に”その時”を迎えたからである。

▲現役最後のコールを受けるTOMONORI。セコンドにはOGUNI GYMの名参謀・近藤彰氏の姿がある。


安全策に走らず、シウバと真っ向から打ち合って終わりたい。これは彼の本心だったに違いない。3Rになるか4Rになるかは分からないが、”その時”が来たならば、真っ向から打ち合って終わりたい。そう覚悟を決めていたはずである。

しかし、”その時”は試合開始1分足らずで訪れてしまった。これはさすがの彼にも予想外だったのではあるまいか。ここで彼は難しい判断を迫られる。つまり「勝負をするか、ひとまず逃げるか」である。

3~4Rまで激戦がつづき、会場熱を暖めたうえでの決着なら納得もいくだろう。それならばファンを満足させた上で、自らの本懐を遂げることができるからだ。しかし、試合開始1分足らずである。ここで勝負に出て終われば、会場がドン引きムードになることは必至だ。

ルーキー時代の消化試合ならともかく、これは引退試合である。ジム生たちをはじめ、遠方からも大応援団が駆けつけてきているのだ。プロ意識の塊のような男で、ファンを置き去りにする事をもっとも嫌う彼が、そこを意識しないはずはない。

▲両者、リング中央で歩み寄る。ギラギラしたものはなく、二人だけにわかる空気が流れていた。


一方、彼の技術をもってすれば、足をつかってインターバルに持ち込むことは十分に可能である。ここは一旦引いて、体力を回復したうえで後半に見せ場を作ればいいではないか。ファンの満足を考慮するならば、選択肢としては十分にアリだ。事実、セコンドからも「5Rあるからね。取り戻せるよ」と声がかかっている。

自身の信念に従い勝負に出るか、ファンの満足を考慮して一旦引くか。どちらも一度に達成することが理想だったが、どちらか一方を選択するしかない状況にあったのが、唐突に訪れた1Rのダウンシーンだったのである。

さて、彼はどちらの道を選んだのだろうか?

答えはご存知のとおり、勝負に出たのである。彼は勝負師としての生き方を全うした。そして、この判断が即決であったところに意味がある。「勝負をするか、ひとまず逃げるか」いささかも逡巡することなく、即決だったところに彼の生き様が凝縮されているのである。

唐突に幕切れが訪れたため、”消化不良の試合”というイメージを持ったファンも多いかもしれないが、それは大きな間違いである。むしろ、1R決着であったればこそ、彼の生き様を強烈に投影した試合だったといえるだろう。

つづく後編では豊富な写真とともに彼のラストファイトを振り返ってみたい。

「凝縮の2分46秒」後編へつづく>>

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山田 タカユキ

山田 タカユキ

1971年生まれ。おもに格闘技イベント「BOUT」に関するレビュー記事や、出場選手へのインタビュー記事を担当。競技経験は空手・キックボクシング、ブラジリアン柔術。愛読書はさいとうたかおの「鬼平犯科帳」。
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