アマ戦績3桁超え。山田忠洋の意外な過去 | WSR・山田忠洋さん

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ウィラサクレック・フェアテックス・ムエタイジム札幌(以下、WSR札幌)の成長株・山田忠洋。BOUTデビュー以来、白星に恵まれない苦しい時期が続いたが、昨年11月のBOUT-25では念願の地元・札幌での初勝利。

2017年は3月に行われたBOUT-26で、過去2連敗中のがんばれ!ふるかわくんに雪辱し幸先のよいスタートをきった。靭帯損傷のアクシデントを乗り越えた激闘をインタビューで振り返る。

ウィラサクレック・フェアテックス・ムエタイジム札幌・山田忠洋

先日のBOUT-26ではお疲れ様でした。試合中にアクシデントがあったと聞いていますが?

左膝の靭帯を伸ばしてしまったんですよ。1Rのはじめに蹴りを出してスリップした時に。今回はホントに調子が良くて、絶好調で臨んだ試合だっただけに焦りましたね。

たしか開始直後でしたよね。まさか靭帯がいってるとは思わなかった?

はい。でも、左ヒザに体重をかけるとガクガクするので、タダじゃ済まないだろうなっていうのは感じてました。

立派だと思ったのは、以降のラウンドも一切表情に出さなかったところですよ。負けたときの言い訳に、痛そうな顔を見せておく選手もいますからね。

WSR札幌ではプロ練中に苦しい表情をみせると、ペナルティ(ミット蹴り連続五十本)が課せられるので、表情を変えないクセがついてるんですよ(笑)。WSR札幌の選手で試合中に弱気な表情をみせる選手はいないですね。

選択肢が減って、逆に集中

試合中のアクシデントですから、プランが狂ったのでは?

フットワークが使えないし駆け引きもできないので、最初は焦りました。でも、脚が使えなくなった分、使える技の選択肢が限られて、逆に集中できたんですよ。五体満足の状態で戦っていたら、もっとテンパッた場面があったかもしれません。

なるほど。武器が少なくなって、逆に腹が据わったと。

打ち合いのときも、いつもならカッときて感情をコントロールできなくなるんですが、今回はなかったんです。アクシデントがプラスに働きましたね。

あとは前回も苦しんだんですが、ふるかわくんが前に出て来たら厄介なんです。だから、可能な限りリングの中央にポジションをとるようにしてカウンターで勝負しました。

タイ人トレーナーのパッカシーさんとはコンビを組んで2年ですか。もう意思疎通は問題なし?

はい。日本語のリスニングはバッチリなんで、試合中に膝を痛めたときもすぐに処置してくれました。

格闘技との出会いについてお聞きしたいと思います。山田選手のバックボーンは空手だと聞きましたが・・・・・。

そのとおりです。はじめて空手を習ったのは小学生の頃ですね。その頃から格闘家になりたいという夢を持っていましたから。

そのころから夢を持っていたんですね。習い始めたのは伝統派ですか、それともフルコンのほうで?

はじめは型ばかりを練習する伝統派でした。物足りなかったので中学からは極真系の道場に入門して、大会とかも出場しましたね。たしか準優勝くらいまではいったと思います。結局、実戦空手といっても顔を叩かないルールっていかがなものかと思いまして、伝統派に戻るんですが。

伝統派→フルコン→伝統派というのも変わった経歴ですね。では、高校では伝統空手を?

はい。そのころ姉が奈良県に住んでたんです。姉から、奈良には空手で有名な強豪校があると聞いて、その空手部を目当てに奈良の高校に進学しました。学校の寮に住んでたんですが、新入生である自分の生活スペースはタタミ二畳ほどのスペース。あの頃はあの頃で楽しかったですけれども(笑)。

MMAも経験。アマ戦績3桁超え

小・中・高と格闘技漬けの毎日だったわけですね。それだと、試合もかなりの数をこなしているのでは?

卒業後は某MMAの道場に入門してMMAの試合もこなしていたんです。アンダーグラウンドなイベントにも出てましたから、アマ戦績だけでも軽く三桁は超えているはずですよ。

三桁?それはすごい。目標としてはMMAと打撃系、どちらを目指していたんですか?

当時、K-1がブームで、テレビで見て衝撃をうけたことを憶えています。もちろん、K-1に出れるとは思いませんでしたが、打撃系のプロとして活躍したいという夢は持っていましたね。

そしてWSR札幌ジムに移籍後、念願のプロ昇格。デビュー戦は確か東京でしたよね?

はい。そのときは1Rにパンチがタイミングよくヒットしてノックアウトで勝てました。

地元・札幌での初勝利。左から三人目がパッカシー氏

そして次がBOUTでのデビュー戦(対、坂田慶悟)で1Rノックアウト負け。デビュー直後に天国と地獄を見たわけですが、精神的に凹んだ時期もあったでしょう?

ありましたね(笑)。でも、相手の坂田選手はカミナリモンで全国優勝してる選手で、僕のキャリアの中では最強の選手。そういった強い選手とやらせていただけるのが単純に嬉しかった部分もあるんです。

ですから、試合をすることに対してのモチベーションが下がるということはありませんでした。それになんといっても、トレーナーのパッカシー先生がずーっと傍にいて励ましてくれたんです。「次があるぞ」と。

日本語が通じないだけに、そういった気持ちってストレートに伝わってくるんですよね。下手に言葉が通じる日本人トレーナーよりずっといいかも。

同感です。言葉が通じなくてもパッカシー先生みたいな実力者がそばにいてくれるだけで心強いですよ。あと最近では麻理奈さん(同門の熊谷麻理奈選手)とか。

最高のチーム。憧れのリングへ

パッカシー氏も熊谷選手も山田選手より、ちょっと年上といったところですか。年齢の離れたトレーナーよりも、お兄さん・お姉さんキャラが近くにいたほうが、チームとしてうまく回るかもしれませんね。

そうですね。僕も学生時代の部活動とかで「先輩には絶対服従」みたいな上下関係は経験していますが、どっちがいいかといえば今の環境のほうが充実してますね。こんな気持ちのいいチームに加われて嬉しく思います。

次戦は6月のBOUT-27が濃厚です。世界戦を含むビックイベントですから、オープニングを任されたりすると責任重大ですね。抱負を一言お願いします

BOUTとの出会いは中学生時代。横山剛さんが出場されていた初期の頃から観ている憧れのイベントなんです。そのリングに自分が立っているということに不思議な縁を感じています。当日は会場の熱を盛り下げないように精一杯やらせていただきますので、ぜひ会場へ足を運んでください!

応援しています。本日はありがとうございました。

こちらこそ、ありがとうございました。

山田忠洋選手が出場予定のBOUT-27の情報はこちらから>>

【山田忠洋:プロフィール】1991年6月9日、北海道石狩市出身。格闘技イベント「BOUT」を中心に活躍するプロキックボクサー。絶対に後退しないファイトスタイルで存在感を増している若手成長株。趣味は食べ歩き(好物はスープカレー)。タレント・山田孝之のファンとして主演映画はかかさずチェック。プロ戦績は6戦3勝2敗1分け。ウィラサクレック・フェアテックス・ムエタイジム札幌所属。山田忠洋facebook

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山田 タカユキ

山田 タカユキ

1971年生まれ。おもに格闘技イベント「BOUT」に関するレビュー記事や、出場選手へのインタビュー記事を担当。競技経験は空手・キックボクシング、ブラジリアン柔術。愛読書はさいとうたかおの「鬼平犯科帳」。
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