重心を攻めれば重たい。中心を攻めれば力は要りません。 | 合気道天祥社・佐藤正博さん

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インタビュー第21回は、合気道・天祥社代表、佐藤正博さん。海外からも指導のオファーがある、知る人ぞ知る達人・佐藤さん。”生きた技術”とはなにか?貴重なお話をいただきました。

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現存する”意識”の世界

佐藤先生、修行歴はどれくらいになりますか?

かれこれ、そうですねぇ・・・45年くらいになりますか。まぁ、ダラダラとやってきただけなんですけどね(笑)。

合気道との出会いについてお聞かせください。

大学時代、学内に合気道のクラブを創設するという話があって入会したのが始まりです。その頃、北海道では大東流合気柔術というのが一般的で、合気道、いわゆる「合気会」は道場を出していなかったんです。

そういった暗黙の了解がありましたから。ですから、「合気道ってなんじゃ?」というのが最初の印象でしたね。とにかく、本を読むといいことが書いてあるんですよ、「力が要らない」とかね。道着を揃えるだけでいいらしいから、入会してみようやってことで始めたわけです。

佐藤先生の学生時代というと、相当に厳しい稽古だったのではありませんか?

いやいや、学生時代といっても戦後ですからね。戦前はね、そりゃあ厳しかったと聞いてますよ。地獄道場とかいってね。

しかし、戦後になって翁先生(開祖・植芝盛平氏)が大本教と結びついて、練習法も軟化したんですよ。私の時代も、それほど厳しいことは無かったですね。

合気道は”力”を必要としないというのはよく聞きますよね。

要するに、相手の出す力と自分の出す力で、合わせて10になればいいんです。相手が7の力を出してくれれば、こちらは3の力だけでいい。

相手が10の力を持っていたら、こちらは20の力を出せば勝てるというのが、スポーツ的な発想でしょう?そうではなくて、相手が10の力を出してくれれば、こちらは力を出さなくていいというのが合気道の発想です。

小さな力というのは、力の出し方が”点”なわけです。すると針のように刺さっていくでしょう?相手が出した大きな力、つまり大きな筒の中を小さな線で通過するというイメージですね。

合気道の映像等を拝見しますと、複数の人間が一瞬にして崩されたり、宙に舞ったりというのを目にします。人間が行うことですから、それが超能力でない限り、物理的な法則に則って説明できるのではないかと思うのですが?

確かに相手の防衛反射を利用したり、重力や梃子の原理をうまく利用したりと、言葉で説明できる部分もあります。しかし言葉では表現しがたい”意識の世界”というものがあることも事実なんですよ。

”意識の世界”・・・・ですか?

ちょっと私と握手をしていただけますか。私が引っ張りますから、崩されないように耐えてくださいね。どうですか?崩れませんよね。あなたが頑張って耐えてるんだから。

では、もう一度引っ張りますから、同じように耐えてみてください。今度はどうですか?崩れたでしょう?

たしかに崩れました。最初と2回目とでは、先生の動きはまったく同じでしたが・・・?

最初は握手をした、あなたの手に意識をおいていたんです。普通はそうなんですよね。でも、これでは動きません。

2回目はどうしたかというと、あなたの肩に意識を置いたんです。動きとしては最初と同じなんですけれども、意識を置く場所が違ったんですね。簡単に言えば、こういった事ですね。

なるほど。たしかに言葉では表現しがたいですね。

実際の指導では「腰で投げろ」という表現が使われるんですよ。しかしこれは、相手を腰にのせて投げるという意味じゃないんです。相手に触れているのは、あくまで手の末端部分なんですが、意識は腰に置けということなんですね。

結局、見方の問題なんです。物の見方を変えると、物事ってまるっきり変わってくるんですよね。若い方の稽古をみていても”隙”が見えていないんですよ。

だから思うように入っていけない。 でも、ちょっと見方を変えると”隙”が見えるんですよ。これは感覚の世界なんです。本当に存在しているか否かということではなくてね。

こういった技術を言葉で説明するのは、なかなか難しいものなんです。見えない”間”の世界、時間と空間の世界ですから。やはり、何度も反復して身体感覚で会得していくものなんですね。

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”生きた技術”を求めて

先生がそういった技術を理解するまで、何年くらいかかりましたか?

ある時を境にパッと理解したということはないんです。徐々に徐々に理解していくといった感じですね。教わってから10年くらい経ってから”あ、こういうことだったのか”って思うことも多々ありますし。

特に私の場合は身体が小さかったから、最初の10年くらいは伸び悩みました。だって、私より体格が優れている若者が、1年くらい稽古したら、稽古歴10年の私を追い抜いてしまうんだから。

体格の差は大きいですね。

そこでね、和歌山県に翁先生に可愛がられていた高岡先生という先生がいらしたんで、正月休みなんかを利用して教わりに行ったわけです。高岡先生はね、翁先生の教えには、一つの法則性があるということを教えてくれたんですね。その法則が私の大きなバックボーンになっています。

その頃からでしょうか、人間の重心には重さがあるけれども、人間の中心には重さがないといったことが理解できてきたのは。人間はね、重心を攻めると重たいわけですよ。しかし、中心というのは、重さがなくて風船みたいなものだから、そんなに力はいらないよと。

まぁ、そういった理屈なんですよね。いろいろな先生に教えをいただいて、良いところを自分なりに再構築して、やっと真似事みたいなことが出来てきた時代でしたね。

先生の道場では級や段をだしていないとのことですが。

自分の思い通りに稽古したいので、特定の流派、組織には属しておりません。勿論、開祖は尊敬していますし、その精神も大切に思っております。しかし流派、組織、に属してしまうと、どうしてもそのグループの方向性に従わなければならない事も多く、それが足枷になったりします。

勿論、他のグループとの交流もありますし、良い意味での交流は大切で、大事にしております。ただ、技術において、駄目なものは駄目、といえる稽古がしたいですね。 合気道は型稽古なのですが、型稽古というのは型を稽古することによって、身体の使い方、相手との間、繋がりなどを学ぶ「方法論」なのであって、その型を覚えたからといって、あまり意味はないですね。

体験、体得、体現、と言って、その型で学んだことを活かす事が出来るようになるのが目的ですね。もしくは、守破離、でしょうか。また、級、段というのも、今のところその必要を感じていません。帯や袴で格付けられるものでもありませんからね。

昔は翁先生の下にも、たくさんの先生方がいらしたんですけども、皆さん同じ技を使っても、技の形が違うんですよ。しかし、それでいいんですよね。それぞれの個性に合った、身体に合った技の使い方をしてるわけですから。その要として翁先生がいらして、うまくまとめてくださったわけです。

でも翁先生がいなくなっちゃうと、”俺の型が正しい、いや、俺のほうが正しい”ってことになっちゃうんですね、結局は。そうなると、組織としてはまずいから、一つの型を決めて”これを守りなさい”ということになるんです。  

あくまで、使える技術を追求していくということですね。

そうですね、相手が勝手にとんでいってくれるんじゃ意味ないですよ。相手が投げられまいとするから、投げられるんです。常に攻防があります。

そういう技は、泥臭いものなんです。大抵、綺麗に投げられたということは、相手の人がそういうふうに飛んでくれたということなんです(笑)。

実際に人を投げるというのは、とっても難しい事で、必死になって頑張らなければ、投げられませんよ。翁先生の技も今の先生達と比べると、とても泥臭く感じます。でもそれが本当だと思いますよ。

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日本人より、彼らのほうが上手だよ(笑)

佐藤先生は海外からも招かれて、指導されてますよね。

8年くらい前からでしょうか。ロシアに札幌の姉妹都市がありましてね、そこで年一回、招かれて行っております。

彼らは私が行く前にも、日本の指導者に学んでいました。だから上手でしたよ、とっても。下手な日本人よりも彼らの ほうが上手いと思いましたね(笑)。

やはり、海外から先生を招いて技術を吸収しようっていうんだから、並大抵の情熱じゃありませんよね。

合気道の専門用語もありますから、言葉での意思疎通にはご苦労があったんじゃないですか?

一応、通訳の方がいらっしゃるんですけどね、合気道の専門用語や独特の言い回しを向こうの言葉に訳すのは大変です。

だから、技術的な裏付けがしっかりしてないといけませんよ。彼らは日本人と違って疑問点はとことん追及してきますからね。

それに、その道のプロが集まってくるんですよ。警官とか、格闘技で生計をたてている人達がね。ごまかしが効かないというわけです。  

それはシビアですね。

ですから私も最初にね、彼らに手を掴ませるわけです。”とにかく思い切り掴んで来い”とね。そして、ぶんぶんと投げまくるわけです。

彼らは、あの大きな身体でガッチリ掴んでくるんですが、それが面白くてね(笑)。向こうが力を入れれば入れるほど、こちらは技をかけ易くなるわけですから。

彼らの反応はどんなものでしたか?

まぁ、不思議がってましたけどね。でも、そのあとの彼らの質問が面白いんです。

「なぜ、手首を掴むところから始めるのですか。どこか別の場所を掴んではいけないのですか?」と、こう聞いてくるわけです。

私もこの質問には面食らいましてね。日本じゃ、こういった質問をしてくる人はまずいませんから(笑)。

そう言われればそうですよね。手首を掴むのにはなにか理由があるのでしょうか?

結局ね、日本の歴史から始まるんですよ。その昔、日本の武道のメインは”刀”だったわけですよね。戦うときは刀で相手を切るんです。

サムライたちが考えたのは、その刀を抜くための手を相手に制されたらどうするか、ということだったんですね。

身体の他の部位はもちろん、衣類を掴んだって刀は抜けます。刀を抜かせないためには手首を制するのが一番なわけです。それをされたらどうするか、というのが発想の原点なんです。

なるほど、よくわかります。

加えて、江戸時代に二百何十年という平和な時代がつづいて、サムライたちには、そういった技術を模索する時間がたくさんあったわけです。こういった歴史的背景も技術に奥行きをもたせた一因でしょう。

明日、戦に出なければならないといった状況で、会得するまでに一年も二年もかかるような技術を追求してもなんの意味ないですから。

それだったら手っ取り早く突きや蹴りを練習したほうが戦に役立ちます。そこが西洋との違いでしょうね。平和な時代が、現在に伝わる奥深い技術を育んだのだと思います。

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”技術”として伝承していく

ロシアの方々にしてみれば、殴りかかったほうが早いと思ったかも知れませんね。

掴むより先に殴ったほうが早いじゃないかって思うのはわかりますけどね。それじゃ、切られちゃうでしょう?。あくまで、刀を抜かせないように手を制してから襲ってくる相手に対しての、武士の立場から考えた技術なんです。

このように、攻撃の技術ではなく、自己防衛とか捕獲術として発展してきた歴史を考えれば、合気道とボクシングが戦ったら、どっちが強いかというような議論はナンセンスですよね。

そういった歴史を理解しなければ、外国の方々に合気道の技術体系を納得してもらうのは難しいでしょう。

仰るとおり、戦ったらどっちが強いかという議論に走るのは稚拙ですね。

そのあたりの考え方は、海外のほうが成熟しています。強さというのは個人のものだから、他人に伝えるってことができないのね。強さっていうのは、その人個人の個性みたいなものだから。

でも技術っていうのは、それができたら皆が同じようにレベルアップすることができる。私たちが伝えるのは技術であって、強さではないんですよ。そういった当たり前のことを理解してくれている。

技術であり、方法論であるということですね。

そうですね。そりゃ、どっちが強いかで論じれば、彼らのほうが強いに決まってますよ。あの体格で、ウェイトトレーニングもガンガンやってるんですから。

ただ、そういった合気道の歴史を理解してね、技術として受け入れてくれるんです。そういったところが嬉しいですね。

日本の方々も、歴史的な解釈を深めなければいけませんね。

日本の場合、格闘技と合気道の立ち位置を理解していない人が多いから、すぐにリングにあげて戦わせよう、みたいな流れになっちゃうのね(笑)。そうじゃなくて、強さっていうのは個人の問題だから、種目の問題じゃないんですよと。

歴史的な背景や、本来の立ち位置から見てキチンと分けて考えた上で、日本の伝統技術を後世に伝えていくということが大切ではないかと思いますね。

大変わかりやすいお話、ありがとうございました。

こちらこそ。ありがとうございました。

佐藤先生が教える合気道・天祥社では、楽しく安全に技術を学ぶことができます。興味のある方はお問い合わせフォームからご連絡ください。

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Photo & Text:山田タカユキ

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山田 タカユキ

山田 タカユキ

1971年生まれ。おもに格闘技イベント「BOUT」に関するレビュー記事や、出場選手へのインタビュー記事を担当。競技経験は空手・キックボクシング、ブラジリアン柔術。愛読書はさいとうたかおの「鬼平犯科帳」。
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