追い続けた理想 | チーム・ウレシパ・和田憲太さん、平賀正孝さん

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頑なに首都圏大会への遠征を続けてきた札幌のMMAチーム、ウレシパ。マイナー大会に逃げず、”世界標準”パンクラスの舞台を追い続けた彼らの原動力となったものは何か?

5月のパンクラス札幌大会でプロ昇格を果たした切り込み隊長・平賀正孝と、彼を育てたチーム・ウレシパの代表、和田憲太に話を聞いた。

苦労人・平賀正孝がプロ昇格へ

まずは平賀選手のパンクラスでのプロ昇格、おめでとうございます。首都圏大会へ遠征を繰り返してきた苦労が報われましたね。

平賀:ありがとうございます。パンクラスの関係者の皆様には感謝の言葉しかありません。遠征先で負けて落ち込んでいるときも、「俺達も何度目かの挑戦でプロになった。腐らずにがんばれ」と声をかけていただいたお陰でここまでやって来れましたんで。

和田:平賀に出場のチャンスをくださった札幌大会事務局の小堀プロモーターにも、この場をお借りして感謝申し上げたいです。

札幌大会のケージには初登場ですけど、いかがでした?

平賀:気持ちよかったっス(笑)。あんなに立派なケージだとは思ってなかったし、大勢の観客のまえで戦えて最高でした。嫁には「いままでで一番緊張してたね」って言われましたね。

平賀選手には一際おおきな声援が贈られていました。

嫁のとなりの席に某選手の奥さんがいらして、物凄いおおきな声で応援してたらしいんですよ。「わたしもこんなに応援しないといけないのかな」って不安になったと言ってました。ルール解らねえんだから黙ってろって感じですけどね(笑)。

▲パンクラシスト・平賀が誕生。ウレシパ旋風を起こすか?

僕がインディーに出なかった理由

笑えますね(笑)。プロ昇格後の、まわりの反響はどうです?

平賀:まわりは喜んでくれて騒いでるんですけど、まだ一年生になったばかり。浮かれているヒマはないですね。体重も維持してますし、臨戦態勢を保っています。

和田:新入生ですからね。大変なのはこれからですよ。

いつでもインディーに逃げられる環境にありながら、トップレベルの舞台を追いつづけた姿勢には頭がさがります。遠征は経済的にも負担だったでしょう?

平賀:大金つかった甲斐がありましたよ(笑)。カミさんには苦労かけたなぁ・・・・。

和田:結構つかってるよね、お金は(笑)。

ドケチ格闘家の比率は北海道が全国トップですからね。強くなるための投資を惜しまないというのは道内では希少種ですよ。

和田:あれだけ高いレベルのレフェリングをしてもらえるわけですから、対価を払うのは当たり前だと思います。マラソン大会に出たって8千円くらい普通にかかるじゃないですか。

平賀:僕がインディーに出ないのは、第一回の横浜ケージファイトに出場したときの印象が強烈に焼きついているからなんです。とにかく周りの選手の動き・情熱がハンパなかった。

「おまえらホントにアマチュアなの?」っていうバケモノばっかで。一流をめざす人間のオーラに触れたというか、彼らがもってる「夢」に触れたんですよ。あれを見ちゃったら他には行けませんね。だから俺たちのやってることは間違ってないって信じてやってこれたし。

僕だったら性格が目立ちたがりのナルシストなんで、インディーに行きますね。弱い奴を相手にして脚光を浴びているほうが性にあってる(笑)。

和田:結局、上へのつながりが一番しっかりしているじゃないですか。ケージファイトで勝って、ゲートで勝って、地方大会で勝って、その先にはデカゴンがあって。その先にはUFCがつながってくるはずなんで、やるならパンクラスっていうのは最初からありましたね。

▲道内で最も歴史のあるMMAサークル「ウレシパ」を率いる和田憲太

道内選手の意識革命は起こり得るか?

十年後に道内MMAの歴史を振り返ってみたとき、今回のチーム・ウレシパの本格参戦は大きな意味をもっていると思うんですよ。サークルでも本気で取り組めばオフィシャルのリングに立てるんだということを証明したわけですからね。道内のMMA人口のなかでもサークル層はかなりの割合ですから、そういった浮動層にムーブメントが起こるかもしれない。

平賀:たしかにサークルだとナメられる部分があると思います。でも、勝てばその嘲笑がどよめきに変わるんですよ。僕はその瞬間が大好きなんです。アウェー大好き(笑)。

和田:わかるわかる。僕も初期のアマ修斗に出たときは、コールされた時に笑われたもの。そのあとに凄い勝ち方すると「えっ・・・・!」みたいなね(笑)。

サークル系の人たちには潜在的に「俺達なんて相手にしてもらえない」みたいなコンプレックスがあると思うんですね。だから最初からインディーに流れてしまう。

和田:僕達からみても「素質があるのにもったいないな」って思う選手はたくさんいますよ。そういった選手とも切磋琢磨して高みを目指していければと思っています。だって、ウレシパの意味は「お互いに育てあう」なんですから。

平賀:実際、他流の選手達からも「俺もそうなれるように頑張る」っていう熱いメッセージをもらってるんですよ。どんどんチャレンジしてほしいですけどね、チャンスってそうそうあるもんじゃないから。

チーム・ウレシパの前身は北海道ラベンダー倶楽部札幌支部ですが、チームの理念としてはラベンダー時代を踏襲しているわけですか?

和田:いえ、まったく違ったものにしようかと思っています。以前は誰でも参加OKのサークルといった感じでしたが、ウレシパはメンバーと出稽古の線引きが強くなっています。プロ選手が生まれた以上、その技術を完全オープンな場で教えるというのはいかがなものかと思いますので、あくまでメンバー中心の指導体制ですね。

これまでは月謝などは取っていませんでしたが、これからは必要になる?

和田:将来的に常設という話になれば考えますが、今のところはまだ。かわりにチケットの購入など、選手の活動に対しては積極的に貢献してもらおうと思っています。

▲プロ昇格後の初練習。細かいディテールの確認に余念がなかった。

謎のファイター・平賀の格闘技遍歴

話は変わって、平賀選手はどちらかというと謎の選手といったイメージですよね。和田さんの場合は前回のインタビュー記事にたくさんアクセスが来てるので、ご存知の方は多いと思うのですが。

平賀:まぁ、そう言われればそうですかね。最近は首都圏の大会ばかり出場してましたし・・・。

じつは平賀選手とは某空手道場でご一緒したことがあるんですよね。あの時はまだ所属がハッキリしないジプシー格闘家だったんでしょう?

平賀:そうですね、MMAに対する興味は漠然とあったんですが、その頃はまだ空手が好きでしたから。

空手を学んだのは、あの道場が最初ですか?

平賀:その前は、石川県の某フルコン空手道場で内弟子やってました。そこを脱退してからは札幌に帰ってきて、自宅近くの空手道場や豊平区のレスリング教室なんかを転々としましたね。ちょうどその頃ですよ、和田さんと出会ったのは。

和田:「おっ、若者が来た」って思いましたね。当時は若者は少なかったですから。

平賀:当時、中島スポーツセンターにはギムナシオンの皆さんもいらしてて、そういった猛者と練習してると「こりゃ、プロは無理だわ」って思いましたけどね(笑)。

和田:あの頃は初心者のための入り口みたいなライトな感じでやってましたから、まさか身内からプロが誕生するとは夢にも思ってなかったんです。

平賀:あの頃は「おとなの遊び場」って感じでしたよね。いまとは全然違ってた。

▲明るい性格の平賀正孝。チームのムードメーカー的な存在だった

プロを意識したきっかけ・vs棚田戦

そのライトな感覚からプロ志向に変化したきっかけというのは?

平賀:初期のJML札幌大会(現・北海道ケージファイト)に出場したときに、棚田道場の棚田さんと対戦したんです。そのころの僕はイケイケだったんで、負けるわけないと思ってたんですよ。打撃だけでいけるだろうって。でも実際にやったら負けちゃった。

和田:平賀くんが同じウェイトの人間に力負けするのは、あれが初めてだったんじゃない?あそこで火がついたのかもね。

平賀:そのときはナメてたんで、ルールも十分に把握していない状態だったんですよ。負けはしたんですけど「ちゃんと練習してれば・・・・」っていうのは正直あったんです。その後、棚田さんがプロに昇格したんで、「じゃ、俺にもできんじゃねえか?」って思ったのがプロを意識した始まりですね。

そして首都圏大会での武者修行に繋がっていくわけですね。むこうで苦労した点は?

平賀:初めてのことばかりなんで、慣れるまではいろいろ。試合当日に夜勤明けの状態で行ってたんで、直前のコンディション作りなどで苦労しました。あとは試合会場に向かうまでの道順も、慣れてないから時間のロスが多いんです。結局、計量の10分前に最寄の駅に到着して、そこから思いっきりダッシュ(笑)。試合以外のことで消耗することが多かったですね。

▲和田の解りやすいコーチングがウレシパ人気の秘密でもある。

チーム・ウレシパが目指すもの

首都圏大会ではどのような点で刺激を受けましたか?

平賀:アライアンスの三澤陽平選手とは2度戦っているんですが、2回目に戦った時の三澤君が前回と比べて変わっていたんですよ。技術的にはもちろん、醸し出す雰囲気が別人でした。成長の差を見せつけられた気がして悔しかったですね。「俺も負けてられるか!」って感じで火がつきました。

確かにそういった経験は道内ではありえませんね。

平賀:アライアンスの選手からは刺激をもらうことが多いですよ。本当に「こいつらヤバい」って感じ。以来、こういった連中に勝つにはどうしたらいいかって考えるようになったのが一番の収穫だと思います。漫然と練習するだけでなく、考える・思考する時間が増えたといいますか・・・・。

そういった経験を経て、チームウレシパが目指す方向性とは?

平賀:長南亮さんのところのチームカラーって好きなんですよ。「死ぬ気でやれ」みたいな。ああいったシビアな心構えをもてるチームを目指したいですね。

和田:プロになった以上、とにかく勝たなければいけない。勝つことが一番説得力あるわけですから。

次戦にむけての抱負をお聞かせください。

平賀:とにかく頂いたチャンスに一戦必勝の覚悟でやるだけです。今度はヒジもありますから、いろいろと解禁されるっていうか・・・。使いたくても使えなかった技が結構あるんですよ。自分の持ってるものを総動員して、まずは一勝を挙げたいです。

応援しています。本日はありがとうございました。

和田平賀:こちらこそ、ありがとうございました。

【和田憲太:プロフィール】1979年、札幌市出身。学生時代は一貫して柔道選手として活躍。MMA転向後はHLC札幌支部代表として、道内格闘技イベントの草分け「STYLE」の普及に尽力した。現在は道内で最も歴史のあるMMAサークル「ウレシパ」を主宰。指導力に定評があり、教え子は各種大会で好成績を残している。趣味のカメラはセミプロの腕前。

【平賀正孝:プロフィール】1986年、札幌市出身。山本“KID”徳郁に憧れ格闘技の世界へ。極真空手の某支部で内弟子として修行後、MMAに転向。2017年5月14日に行われたパンクラス札幌大会でプロへ昇格した。首都圏のケージファイトを中心に場数を踏んできた苦労人。サッカーゲーム「ウイニング・イレブン」の名人としての顔も持つ。

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山田 タカユキ

山田 タカユキ

1971年生まれ。おもに格闘技イベント「BOUT」に関するレビュー記事や、出場選手へのインタビュー記事を担当。競技経験は空手・キックボクシング、ブラジリアン柔術。愛読書はさいとうたかおの「鬼平犯科帳」。
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