”十勝のタイガー&ドラゴン”・久保昌弘インタビュー | フリー・久保昌弘さん

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ジ・アウトサイダーとプロシューター、フランス外人部隊と酪農家、渋谷のスカウトマンと生徒会長、鋼のような肉体に纏う龍虎の刺青と人懐っこい笑顔。様々なキーワードを内包するこの男。11月8日、GRACHANのリングで文字通りの”剛腕”に沈み、大の字で見上げた先にあったのは絶望か希望か。”十勝のタイガー&ドラゴン”・久保昌弘が破天荒な半生を振り返る、6,000字ロングインタビュー!!

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──先日の試合お疲れ様でした。KO負けでしたがダメージはありますか?

特に大丈夫ですね。

──プロデビュー戦の相手としてはかなりキャリアのある相手でしたけれど、決まった時はどう思いましたか?

正直、オファーの時は相手の名前は聞かないで受けたんですよ。名前聞いてビビって断るぐらいだったら、初めから試合なんてしないって思ってましたから。そしたら能登さんに決まってマジかよ!って(笑)。

──思ってた以上の強敵が出てきたと(笑)。

北海道の70キロ以上で間違いなく一番強いですよね?同じぐらいのキャリアの選手かな?って勝手に思っていたから、よりによってこんな強いヤツかよ!って(苦笑)。

──試合自体の感想はいかがでしたか?

(悔しそうに)全然ダメっすね。クソでした。ただ能登さんとやれて良かったってのはありますね。強い人とやったら自分はこんもんだなって。見る人が見ればまだまだなんだなって実感しましたね。

──計量時はお互いかなりピリピリしたムードを漂わせてましたよね?

向こうはけっこう減量が辛そうな雰囲気は感じたんですよね。こっちは気持ちに余裕あったんですけど、向かい合った時にスゴい表情で睨んできたのでこれは気が強いなって。

──試合の展開は覚えてますか?

あの左は本当に見えてなかったですね。パッと入ってきて。

──強烈な一発でした。

もちろん無傷では終わらないとは思ってましたけど、まさかああいう一発で終わるとは思わなかったですね(苦笑)。当然向こうの方が打撃はうまいと思ってたんですけど…。

──ただ最初に右のパンチを当てたのは久保選手でしたね。

右が当たって(能登が)笑ったのはわかりましたね。スイッチしてからの右を狙ってたんですよ。そっから(タックルの)当たりも強くいけるし。まぁ、寝かさなきゃ勝負にならないと思ったんですけど、逆に脇さされちゃってテンパりましたね(苦笑)。

──プラン通りにはいかなかったと?

最善を尽くすのは考えてたんですけど‥‥(しばらく考えて)‥‥戦略を相談する人もいなくて…。ものの見事にやられたって感じですね。

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──なるほど。練習環境などは後程お伺いしますが、これまでの格闘技戦績はどんな感じですか?

アマで12勝4敗。デビュー戦はアウトサイダーですね。

──アウトサイダーはどういったきっかけで?

最初は空手をやっていた弟がアウトサイダーに出たいって言いだして。でも弟は刺青もないし不良でもないんですけど、とにかく目立ちたいからバーターで一緒に出ようって誘われて(笑)。

──バーターですか(笑)。

それまで筋トレはしてましたけど格闘技は全くやった事なくて。プロフィールに柔道2年、空手1年って書いたんですけど、ほぼ丸々ウソっていうか、高校の体育の授業も入れて2年ていう(笑)。

──まぁ、間違ってはいないですよね(笑)。

空手も極真空手をやってる近所の農家のオッサンが教えてたのを、週1で5ヶ月ぐらい通ったのを膨らませてというか、四捨五入して(笑)。

──四捨五入(笑)。

それでデビュー戦は当然なんですけどあっさり42秒でKO負けしちゃって。でも弟はKO勝ちしてですね、それが悔しくて悔しくて。

──兄の威厳がなくなると。

で、これが思ったより影響があるというか、負けた試合のDVDが地元だけでなくあちこちのTSUTAYAに並んでるんですよね(苦笑)。

──全国チェーンですからね(笑)。

だからもう総合で勝ちたいってか、恥ずかしいんでとにかくアウトサイダーで1勝したいと思って。まぁそしたら次出たらあっさりKO勝ちしたんですけど(笑)。

──意外に早く目標達成(笑)。

それでもういいかなって思ったんですけど、勝ったら勝ったでちょっと欲が出てきて。しばらくチョロチョロ継続参戦してたんですよね。

──そこからなぜアマチュア修斗へ挑戦したんですか?

(考えて)‥うーん‥、正直アウトサイダーだとプロの人の評価が厳しいなって。素人には「うわー、強いんですねぇ」なんて言われるんですけど、プロの方には……。その評価のギャップを埋めたかったんですよ。正直、修斗って名前は自分の中でも別格な響きがあって。アウトサイダーに出てると知名度はあるんですけど、誰もが認めてくれる正式な手順を踏んで評価上げたいなって思いましたね。

──ジレンマがあったわけですね。

そうです。それで今年はアウトサイダー出場を辞めて、アマチュア修斗の全日本選手権で優勝してプロになる事を目標にしたんです。それで何とか目標通りに全日本で優勝してプロライセンスを取得しました。

──そこでキッチリと全日本選手権で優勝して結果を出したのがスゴいですね。アウサイダー当時から久保選手のポテンシャルは関係者も注目していましたからね。ちなみにJMLからパンクラスは考えなかったんですか?

それも考えたんですけど、アマチュア修斗にこだわりたかったきっかけがあって。パラエストラ松戸の鈴木淑徳さんてご存知ですか?SNSの「みんな不幸になればいい」でお馴染みの(笑)。

──ライト級のプロシューターですよね。苦労人でアマチュア時代に50戦ぐらい試合をしてプロに昇格された選手で。

そうです。それでですね、うーんと、何て言うんですかねぇ。‥‥(考えて)‥‥うまく言えないですけど、こういう人を目指したいなって。凄く苦労してプロになった方なんですけど、仲間にもすごく慕われていて。だけどSNSではキャラが違って(笑)。アウトサイダーの会場でも、話しかけたらSNSで書かれてる人柄とは全然ギャップがあってフレンドリーに話してくださいました(笑)。うーん、そうだなぁ、本当にうまく言えないけどあの人みたいになりたいって強く思ってて。

──その鈴木選手と同じ修斗の道へと進もうと。

プロシューターへの憧れも強かったし、アマ修斗に出ないとこの人の気持ちはわかんねーだろうなって。

──こうやってお話しを聞いていても鈴木選手を慕われているのが伝わってきますね。

そうですね。だから松戸までお邪魔させてもらって一緒に練習させて頂いた事もありました。

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──なるほど、わかりました。それではここで久保選手の半生を振り返っていただきます。出身は帯広ですか?

中学は広尾で高校は帯広ですね。

──高校時代は生徒会長だったようですね?

まぁ、生徒会長も任期途中でクビになってますから(笑)。公式には生徒会長だった事を名乗っちゃダメみたいです(苦笑)。

──生徒会長クビ(笑)!一体何をやったんですか?

〇〇ですね(笑)。

──それはさすがに載せられないです(汗)。

校長室に呼び出されて前代未聞だって。これは全校生徒の前で謝罪してから辞任しろって言われちゃってですね、正直もう自殺しようかと思いましたよ(苦笑)。

──まぁ自殺はともかくとして、そう言われてもしょうがないレベルですよね(苦笑)。

でもですね、それが2年生のなかぐらいだったんですけど、3年生ではしっかり勉強やったら成績がスゴい伸びて。なぜか大学の推薦をもらえるって逆転ホームランが起きました(笑)。

──生徒会長クビから大学推薦!ずいぶん思い切った高校ですね(笑)。

それでセンター試験受けて推薦もらって、琉球大学に行きましたね。

──北海道から沖縄ですか!それはまたスゴい振り幅ですね(笑)。なぜ沖縄だったんですか?

実家は酪農なんですけど、地元の帯広畜大だったら絶対に家の手伝いをやらされるなって。だからこれは思い切って沖縄だろって。

──友達とか親戚とかいたわけではなく?

全くいませんね(キッパリ)。でも友達もたくさん出来て、途中までは楽しくやってたんですよ。ただ2年生の時に先輩に彼女を寝取られまして…。

──あぁ…(苦笑)。

「こんなとこもう居たくねーわ!」って、その日のうちに休学届けを叩きつけて東京行ったんすよ。

──北海道から沖縄行って次は東京!

でも、東京に来たけど知り合いなんてもちろんいないし、あん時はバカだったんでコンビニでバイトでもすりゃいいやって思ってたんですけど、そもそも沖縄から住民票も移してないし、東京では住所不定だし、刺青あるしで全く面接が受からなくて(苦笑)。

──まぁ、その流れだと履歴書見ても怪しすぎますもんね(笑)。

それでまいったなって東京中をウロウロしてたら、渋谷の109の交差点の前で、スカウトやってるお兄さんが沢山いたんですよ。で、ちょうど漫画の新宿スワンが流行ってた頃だったんで、思わず話しかけて「これ漫画でやってるヤツですか?」って(笑)

──単刀直入に(笑)。

それで事情を話したら「大丈夫だよ!うちは実力主義だから!」ってあっさり採用(笑)。

──パンクラスばりに完全実力主義だったと(笑)。スカウトはどれくらいやられたのですか?

スカウトは1年ぐらいですね。面白かったですよ。今ほど厳しくなくて。ディープというかグレーな事が好きなんで(笑)。だけどある日、先輩に「次は闇金やろうぜ!稼げるよ!」って新宿の喫茶店ルノワールに連れて行かれて(苦笑)。

──嫌な予感がしますね(笑)。

そしたら今度は闇金ウシジマ君を1~4巻まで読まされて「どうだ?」って(笑)。

──それスゴい逆効果ですよ(笑)。

そうなんですよ(笑)!これはヤバいかなって思って「すいません、辞めます!」って沖縄に飛んで、大学に復学しました(笑)。

──あ、沖縄に戻られたんですね(笑)。ちなみに大学は卒業はされたんですか?

はい。途中で問題起こして出席停止とかなりましたけど何とか(笑)。それで卒業する時にあまり面識のない教授に呼び出されて「感動した!君みたいな人間を見放して何が教育だ!」って熱く語られました(笑)。

──相当な問題児だったと(笑)。

それで、北海道に戻って2年間、浜中町ってとこで酪農ヘルパーの仕事をやってたんですよ。でもこのまま実家に戻って家業の酪農を継ぐ前に人生で何かやり残した事はないかなって。

──ここでようやく人生を立ち止まってみたと(笑)。

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ちょうど仕事中に靭帯を切って入院する事になったんです。それで入院中に司馬遼太郎の「世に棲む日日」を読んだんですよ。高杉晋作の。それにスゴい感銘を受けたんですよね。そして今度は退院したら映画で「チェゲバラ・28歳の革命」がやってて。そこで偉人たちがみんな28歳までに大事を成してる事に気づいたんですよ。で、これは俺も28歳までになんかやらなきゃダメだなって決意してしまって(笑)。

──決意してしまいましたか(笑)。

それで、なんかねーかなぁって思ってたんですけど、昔から〇〇〇〇〇〇〇って世界一悪い人だと思ってたんですよ。思いませんか?

──‥‥まぁ良い人には見えないですけど(苦笑)。

で、何とかその〇〇〇〇〇を〇す方法を日夜考えていてですね。

──‥‥。

とりあえず実戦経験が必要だろと思ったんですけど、自分は刺青があるから自衛隊に入れないんですよ。で、調べたらフランス外人部隊がいいなって。

──フランス外人部隊!!

はい。あそこは刺青関係ないし、実践経験も積めるし、もしかしたら〇〇〇の〇〇〇〇〇と合流してヤツの首を狙えるかと。

──極端ですね…。

(聞かずに)だから最初にアウトサイダーに出た時はフランス行きのチケットをすでに取ってて、デビュー戦が終わった次の月にはフランスへ行ってましたね。

──行動力は本当にスゴいですね(笑)。向こうにはどれくらい居たんですか?

3週間いましたね。外人部隊はとりあえずバンバンくるやつを全部受け入れて、寝泊り雑用させて、それで見込みありそうなヤツを適正検査して週に何十人かピックアップしていくみたいな。

──言葉は大丈夫だったんですか?

カポラレルシェフって軍曹みたいなのがいて、そいつが色々な言語を喋れるバイリンガルみたいなのを班長に指名するんですよ。ロシア語グループ、英語グループに分けてチームを作るんです。だけど俺はフランス語どころか英語もまともに喋れないのでずいぶん後回しにされまして(笑)。

──まぁ、それはそうですよね(笑)。

覚えたのはイエッサーのフランス語の「ウィーボカポラレルシェフ」てのと「左向け左」みたいなヤツの2つです(笑)。

──それは不安すぎますね(笑)。周りはどんな人達が来るんですか?

まぁ、バカばっかりでしたね(キッパリ)。小学校の修学旅行みたいな。けっこう世界中のスラムみたいなとこのヤツが流れついてくるんでどうしようもなかったです。夜、消灯時間が過ぎて就寝時間中にボソッと「〇ァック」とかつぶやき始めて(笑)。それにみんながクスクス笑うわけですよ。そのうち連鎖してみんなで大騒ぎしてたら、上官に怒られて全員で空気イスやらされるとかそんな毎日です(笑)。口を開けばドリンク!スモーク!ビッチ!しか言わない連中でした(笑)。

──スゴイ空間ですね。ある意味、言葉はいらないっていう(笑)。

だけど3週間体力テストとか散々やらされた後に、メディカルチェックで「膝の手術したヤツはダメだ!帰れ!」って。「えーー!!それ先に言えよ!」って話なんですけど(苦笑)。

──ものスゴい後出しジャンケンですね(笑)。

結局、最後はルーブル美術館とか見て観光してから帰ってきました。まぁ、これも運命だなって諦めまして…。(悔しそうに)でも、その頃には〇〇〇〇〇は死んじゃってたんですよねぇ。それでけっこう冷めちゃいました。

──その話は危ないのでこの辺りで(笑)。それでは今の酪農のお仕事はどういう感じですか?

朝4時半に起きて牛の世話と朝の搾乳やります。昼は夏なら牧草の畑作業やったりして、冬は牛のエサやりですね。午後6時くらいには搾乳終わって1日の仕事は大体終わりです。そこから帯広へ移動して練習です。

──酪農はハードなお仕事ですよね。練習の内容は?

月水金日はキッズレスリングに混じってフィジカル、サーキット、打ち込みを2時間から3時間ぐらいですね。火木はボクシングジムで、土曜はオフですね。ただ総合のコーチがいないので、レスリングのコーチと一緒に考えながらやってます。

──試行錯誤しながらやられているんですね。

だからこの間、試合した能登さんにメッセージ送ったら「一緒に練習やろう」って言って頂きまして。釧路までは2時間ぐらいなんで札幌よりは通いやすいなって。

──それでも2時間はかかるんですね。

広尾から帯広までも1時間以上かかりますからね。札幌で練習するには2日間は仕事を休まないとダメなんですけど、釧路なら半日休めば行けるなって。せっかくなんで色々と教えて貰いたいです。負けたからには何かを変えなければならないと思ってるので。

──練習環境を見直していくと。

負けた次の日は正直いろいろ考えました。東京に行こうかなとか。ただ今の仕事、家は捨てられないなって。だからそれならそれで、今の環境で最大限やれる事をやろうと思ってます。こういう風に復帰しようってプランも頭にはありますね。

──今後の目標は?

目標はいま口に出せるのは「次の試合に勝つ」って事ですね。勝ちたい。プロは結果出さなければ終わる世界ですから。一つ一つ勝っていきたいです。いま強くなってる自信はあるし格闘技は大好きなんです。だからずっとやり続けたい。変な言い方ですけど終わりを遠ざけたいですね。うん、ずっと戦いたいです。

──まだプロとしては始まったばかりですからね。今後の活躍を期待しております!

はい!頑張ります!そのために婚活も捨てて彼女も作らないで格闘技に懸けてますから(笑)!

いまの仕事、このまま続けていていいんだろうか・・・・?

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写真提供:マルスジム 久保昌弘
聞き手&text :マニー

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マニー

マニー

1977年生まれ。札幌市在住。MMAに関する記事全般を担当。競技経験はボクシング、キックボクシング、修斗、ブラジリアン柔術・・・etc。無類のネコ好きだが、2017年に猫アレルギーであることが判明した。
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