ヒールにならないパッカシットの謎:BOUT-22

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ノースエリア格闘技イベント BOUT22
2016年3月6日(日)札幌市・コンカリーニョ

▼メインイベント:ムエタイルール68kg契約3分5ラウンド
パッカシット・ウィラサクレック(ウィラサクレック札幌)
TETSURO(grabs)
勝者パッカッシット:3R2′43TKO

「戦う時はな、この試合で死んでもいい。そう覚悟を決めるんだ」

3年ほど前だったか、grabsのTOMONORI会長が、移籍後間もないTETSUROにかけた一言だ。

TETSUROにはその言葉を思い出してほしかった。

パッカシットはムエタイで40戦ほどのキャリアだというが、すべてが公式戦でないと推測すると、実質の経験値は20~30戦といったところか。

実際、初登場したBOUT-20では、ローキックで戦意を喪失した長谷川をみて、なんともいえない安堵の表情を浮かべた。

それは、「もし負けたら・・・」というプレッシャーに怯えていた男が、その心配はなさそうだと安心した顔だった。そんなパッカシットをみて、それほどの修羅場はくぐってはいないと感じた。

だから、一撃必倒のハードパンチを持ち、ムエタイを神格化した変なムエタイ幻想のないTETSUROならば、歯がたたない相手ではないと思っていたが・・・。

実際には歯がたたなかったわけだが、歯をたてることすらしなかったというのが正解だろう。TETSUROの心にチャイスー(タイ語で戦う心)は宿っていなかったのだ。

1Rを振り返ってみよう。お互いローが交錯した序盤、しっかりとダメージを与えるためのローを放つパッカシットに対し、TETSUROのローは腰の引けている。TETSUROのビビリ具合がしっかりと伝わってしまった。

開始40秒あたりで、サウスポーにチェンジしながら、さりげなく接近したパッカシットは、前手のヒジでTETSUROの額を早々とカット。

下の連続写真はそのときのもの。TETSUROの出血を確認したパッカシットは、「切ったぞ」と指をさすジェスチャー。

1R終了時点でパッカシットは、勝利を確信したといわんばかりに高々と両手を上げた。

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2R、もともとこの試合は、TETSUROと夜獅鬼の試合を観たパッカシットが、TETSUROとの対戦を熱望したことから持ち上がった話だけに、その一挙手一投足には迷いがない。

数ヶ月のあいだ胸に暖めてきたものを吐き出すように襲いかかるパッカシット。

TETSUROはボディへのパンチと右ミドルを投入するも、パンチにはヒジのカウンター、ミドルはキャッチ→足払いでキャンパスに叩きつけられ、まったく突破口が見出せない。

ラウンド中盤にTETSUROの出血にたいしドクターチェック。これで万事休すかと場内に緊張が走ったが、ドクターの判断は「続行」。

ドクターチェックのあいだ、パッカシットは観客に向かって笑顔でガッツポーズ。もう完全に安心モードに入っている。

再開後、パッカシットはTETSUROの心を折るように渾身のローキックを集中砲火。ディフェンスが間に合わないTETSUROの身体が何度も横を向く。

ただ、開始10秒ほどで惜しいシーンはあった。下の連続写真のとおり、パッカシットがローにいく瞬間、TETSUROが右ストレートをカウンターでヒット。パッカシットがダウンとも見える尻餅をついたのだ。苦笑いで「効いてないよ」のジェスチャーをするパッカシット。

レフェリーの判断はスリップだったが、いつものTETSUROの踏み込みであったなら、カウントが入ったかもしれない幻のダウンシーン。

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3Rに入ると、パッカシットはサウスポーに構えを変えて左ミドルを軸に”安全運転モード”。試合後の控え室では、右足を痛めたと語っていた。

中盤、TETSUROに見せ場が訪れる。パッカシットが不用意に繰り出した右ローに、右ストレートがタイミングよくヒット。距離も近く、いい当りだった。

明らかに「ヤバイ」という表情をしたパッカシットに、猛然と襲いかかるTETSURO。この試合でパッカシットがロープを背にした唯一の場面。一撃KOの確率では群を抜くTETSUROだけに、ここで倒していれば劇的KOだったが倒しきれなかった。

逆に魔神パッカシットの逆鱗にふれてしまったTETSUROには、ヒジ・ヒザ・ローキックの雨あられ。とくにレバーにヒザが突き刺さった時、TETSUROは歯を食いしばって写真の表情。ここで試合をなげなかったのは立派だった。

そして、出血のチェックで割ってはいるレフェリーに、パッカシットは「いいかげん止めてよ」といったジェスチャー →レフェリーが試合をストップ→キャンパスにダイブして喜ぶパッカシット。

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パッカシットの喜びようから想像するに、やはり相当のプレッシャーがあったのではあるまいか。設立まもないウィラサクレック札幌は、まだ看板選手が育っていない。

万が一、パッカシットが敗北すれば、「タイ人が教えるムエタイ」を売りにしているジムの死活問題にもつながるのである。パッカシットはそれを理解していた。彼にとってこの試合は、日本に来たタイ人がアルバイト感覚で参戦する”小遣い稼ぎ”ではなかったのだ。

普通、地元の人気選手を血祭りにあげれば、ヒール(悪役)のイメージが定着してもおかしくはない。パッカシットにそれがないのは、ジムの会長、ジムメイトといった恩義ある人たちへの忠義心をもっているからだ。そして、彼の愛すべき人柄。これが一番の理由ではなかろうか。

目に涙を浮かべながら地響きのような声援をおくる人々。それは、その場の”ノリ”でお祭り騒ぎのように盛り上がる声援ではなく、まるで肉親の試合を応援するかのような気持ちのいい声援だった。

いま道内で活躍する選手で、パッカシットよりも心温まる声援をうける選手がはたしているだろうか?ウィラサクレック札幌の結束力は想像以上に固いようだ。

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次戦の相手にはBOUTの貴公子・AKINORIを熱望したパッカシット(実現には至らなかったようだ)。しかし、個人的には”北海道民”として戦うパッカシットが観てみたい。

ご存知のようにBOUTには全面対抗戦という人気シリーズがある。過去にも北海道vs九州北海道vs大阪といった対抗戦を企画し、BOUT史に残る名勝負の数々を生み出してきた。

今後、本州勢との対抗戦が組まれた場合、パッカシットを北海道選抜の一員として起用してみてはどうだろう。地元住民から絶大な人気をもつパッカシットならば、北海道代表の看板を背負って戦うことに違和感はないのではないか。

故アンディ・フグを”青い目のサムライ”と称し、日本人スターに仕立て上げた例からも、外国人を地元のヒーローとして成立させることは十分に可能だ。

ただし、地元住民から愛されていることが条件となるが、パッカシットならばすでにクリアしている。コスト的には「打倒パッカシット」路線で、地元選手とのマッチメイクがベストかもしれないが、パッカシットほどの愛すべきキャラクターを、単なる”外敵”として終わらせるのは忍びない。

この大会の全試合ダイジェストをみる>>

写真提供:BOUT実行委員会
photo & text:山田タカユキ

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山田 タカユキ

山田 タカユキ

1971年生まれ。おもに格闘技イベント「BOUT」に関するレビュー記事や、出場選手へのインタビュー記事を担当。競技経験は空手・キックボクシング、ブラジリアン柔術。愛読書はさいとうたかおの「鬼平犯科帳」。
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